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ロストメモリーズ~失われた想い ◆P05sqVT5XQ 私は走る。 走る。走る。走る。走る――― いや、走るというよりも逃げ出すと言った方が正しいかもしれない。 今、どこにいるんだろう?いや、どこでもいい。 瞳に映るあの部屋に転がった顔。肉が裂ける音。鼻につく血の匂い。 今も私は、あの教室の中にいるような気がした。 あの嘘から。あのマヤカシから。アノキョコウカラ。 『――――――おはよう……参……の諸……』 何か聞こえてきた。だけど、そんな物聞いてる場合じゃない。 あの虚ろな瞳がじっと、ワタシが私の方を見ているような気がした。 違う、違う、違う! あれは、ワタシじゃない! あの悪夢から逃げなきゃ 逃げなきゃにげなきゃにげナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャ ニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャ ニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャ ニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャニゲナキャ 「あっ、いたっ!」 私はつまづき、頭から盛大に転んだ。 地面の土のザラザラとした味が口に入る。 とても苦かった……。 私は体を起こそうとし、手を地面に着こうとすると、手が見えた。 男の手のような太い腕が黒いジャケットに包まれていた。 私は次に足を着く。黒いズボンをはいた私より長い脚が支えていた。 私は立ち上がる。自分の見ている今までより、ずっと高いところが見えていた。 私は体を見る。真ん中に、赤く染まったシャツに木製の細いものが突き刺さっていた。 「――――――くっ、ああっ!」 私は胸に刺さったそれを引っこ抜く。 だけど、血は少ししか傷口から出なかった。私がふれてみると、胸の傷口はほとんど塞がれていた。 「私の力で、治ったんだ……」 私はがっくりと跪き、両手を地面に着く。 「あ………ああっ………ああっ………あっ………」 「アタシ」の視界がぼやけ、地面に水滴が落ち、暗い模様を作る。 「アタシ」の体から涙がこぼれて、地面を濡らしていた。 涙が止まらない。「アタシ」の見ている地面がどんどん暗い色になっていく。 「杏子………まどか………マミさん……………恭介ぇ………」 ただでさえ私の体はゾンビだったのに、私の体とは似ても似つかない男の体。 クラスの友達もこんな「アタシ」なんか、学校なんかで一緒に通ってくれない。 みんな「アタシ」を避けるだろうな…… クラスの友達だけじゃない、こんな「アタシ」じゃ恭介に恋なんて到底無理だ。 男が男にどんな告白したって絶対に拒絶されるに決まってる。 「うっ……ひっ……ううっ……えっく……」 「アタシ」の体から嗚咽と涙が、泉のように湧き出てくる。 どうしてこうなっちゃったんだろう……? 私はどこかで間違えたんだろうか…… 教えて……誰か…… 「誰か……教えて……!」 * * * 「ここは……バーみたいなところか……」 ここはサティスファクションタウン。 麗華は街の中の1つの建物を訪れていた。 引き戸を押し、中に入ると目に見えたのは円卓のテーブルと椅子、 奥の方には長いテーブルと棚があり、数はまばらであるが、 ビンで出来たボトルが置かれてあった。 「ん?この形……確かどっかで……」 麗華が酒場に据えられてあったテーブルに注目する。 よく見るとナイフで刻まれたのか、机の上に長方形のマークが左右につけられてあった。 「確かDMカードって言う奴か。 「レッド・デーモンズ・ドラゴン」、「デモンズ・チェーン」…… どこかで試してみないとなぁ」 麗華はデイバックの中を探ると、そこから2枚のカードを取り出す。 麗華が幽香に最初に出会った時に公開しなかった支給品の1つである。 『―――おはよう、参加者の諸君……』 「何だっ!?」 麗華は突如、酒場内で響く男の声の方に身構える。 見ると、酒場に備え付けてあったスピーカーから音声が流れていた。 『それでは第一回定時放送を始める……一度しか言わないから聞き逃しのないようにな……』 「そうか、これが例の定時放送ってわけか……」 麗華はスピーカーから流れる男の声に一語一句聞き逃さんと耳を傾ける。 禁止エリアの発表の次に、死亡者した参加者の名前が読み上げられていた。 『……鬼柳京介、 ジュラルの魔王、 佐倉杏子、 ティンカーベル先輩……』 「ああっ!?」 麗華はティンカーベル先輩という人物の名を聞いた瞬間、思わず声を上げてしまった。 彼女の名前は麗華にとって忘れたくとも、忘れがたいものだったのだ。 気を取り直し、放送を聞き終えた麗華はデイバッグから、名前が浮かび上がった名簿を見る。 真っ先に探したのは他の東豪寺プロのメンバーだ。 「りんやともみ、レッドショルダーの2人はいないか……」 巻き込まれたのは自分だけだということに安堵した。 しかし、名前が浮かび上がった名簿の中に事務所のメンバー以外に自分の知る名前が載っていた。 我那覇響、レア様、そして先ほ死亡者としてど呼ばれたティンカーベル先輩とレミリア・スカーレットだ。 「我那覇響……確か765プロのヤツだっけ?名前しか聞いたことないけど…… ティンカーベル先輩……まさか……アイツか?」 麗華は記憶の隅に消そうとしていたあの忌まわしき記憶を想い出していた。 気晴らしに公園で過ごそうとして、雪歩と共に白い空間にあの悪夢の日…… 後日バッタリ出会ってしまい、街中を追いかけ回された挙句、 真っ白い空間でセッションするはめになった悪夢の日…… 彼女たちと出会う日は決まって東豪寺麗華の調子は狂わされていた。 「あいつ、死んだのか……白雪のヤツ悲しむだろうな……」 麗華は公園のベンチに一人取り残された白雪こと、萩原雪歩のことを思う。 彼女とティンカーベル先輩はかけがえのない親友であり、『声』を紡ぐ朋友(ともがら)なのだから…… 「―――って何考えてんだ!! もうあいつらとは関係ない! 関係ないんだ!!!」 もうあの2人と関わってロクなことなんてなかった。もうあいつらとは一切関わらない。 そうじゃないと、あの時の想いが全て消えてしまう! と麗華は自分自身に言い聞かせながら、ブルブルと首を横に振い、頭の中の緒白い空間を払しょくしようとする。 「あとは私と同じ世界で戦っていた2人か……」 レミリア・スカーレット……麗華と同じカオス陣営にいた吸血鬼。 自身の目ではっきり見ていないもの、他のカオス陣営のメンバーにも負けない 実力を持っていた強者の部類に属する人物である。 「レミリア・スカーレット……そいつがやられたとなると、ここにはカオス陣営と同等あるいはそれ以上の 力を持つ奴らがいるってことか……!」 そして、麗華と敵対するコスモス陣営にいるレア様だ。 レア様は麗華の所属しているカオス陣営と敵対している陣営である。 麗華と同様魔法の駆使して戦うタイプだ。 「あのコスモスの奴とは一度決着をつけねぇとな……」 麗華はこの殺し合いの場に連れてこられただろう、 自分の敵の戦士に静かな闘志を燃やす。 「ここも調べ終えたし、次の所を探すか……」 名簿をしまい、麗華がバーを後にしようとしたその時――― 「来ないでぇぇぇーーー!!!」 突然、バーの外から男の黄色い悲鳴が聞こえてきた。 「まさか、あいつ……!」 先ほどまで同行してきたあのUSCの顔を浮かべる。 最悪の事態を予感した麗華は急いで、バーから飛び出した。 * * * どれくらい泣いただろう…… どれくらい叫んだだろう…… もうこのカラダにある涙を全部流しきったのかもしれない。 涙でグチョグチョになった地面を見ながら、私は未だ地べたに打ちひしがれたままだった。 ここどこなんだろう……? 私は、ふと顔を上げると、目の前には西部劇であるような街がそこにそびえていた。 「さてぃすふぁくしょん……たうん?」 私は街の入口の上に掲げられていた看板を読み上げる。 あそこって、何かの町なのかな……? 私はゆっくり立ち上がり、おぼつかない足取りで歩く。その先は町への入り口だった。 何でだろう……あんなとこ入っても何も解決にもならないのに……? そう頭で考えていても、私の歩みは止まらなかった。 まるで町が私のカラダに縄を巻いて、ひっぱってるように。 まぁ……地べたで泣いてるよりはマシなのかな……? やがて、私は街の中へと足を踏み入れていった。 * * * * 「と、寅丸くんって……私のクラスメイトの人だ……」 サティスファクションタウンの店内で花屋を発見した幽香は その店内で定時放送を聞き、自分のクラスメイトがすでに死んでいることを知った。 幽香は、彼女自身とは会話したことはほとんどないが、自分の高校のクラスメイトが 命を落としたことに動揺を隠せなかった。 「他に私の知ってる人がいないか探さなきゃ……!」 幽香は急いでデイバックを開き、震える手で名簿を取り出す。 (私の高校の先生と、八雲高校の早苗さんの名前がある……あの人たちもこの殺し合いに巻き込まれてたんだ……) 幽香は名簿の中に河城にとりと、東風谷早苗を名前を見つける。 最も、彼女の知る八雲学園科学教諭と八坂高校の生徒会役員は この殺し合いの世界には存在しないのであるが、今の彼女はそれを知る術は無い。 (あれ?この右代宮譲治って人……知的な犯人って書かれてるわ…… 犯人って、やっぱり怖い人なのかなぁ? できればこの人には会いたくないな……) 幽香は「知的な犯人」と書かれた右代宮譲治という名前を見てブルっと震える。 しかし、まるで凶悪犯のように恐ろしい自分自身の顔を崩すことは無かった。 「いったん麗華さんの所へ戻ろう……麗華さんもこの放送を聞いたかもしれないし……」 幽香はデイバッグの名簿をしまうと、花屋のドアを押して町の路地に出ると、 そこには水色の髪、黒いジャケットを着た青年が目の前に立っていた。 「あ……」 「この町に新しく来た人ですか……?」 「あ……ああ……」 「良かったら、情報交「違うの……!」 幽香の声を遮り、青年は今にも掠れそうな声を上げる。 「え?」 「違うの……これはち、違うの……」 「ど、どうしたんで「来ないでぇぇぇーーー!!!!」 怯える青年に近づこうとした幽香は、青年の大きな叫びでたじろぐ。 「や……やめて……わ……私を見ないでぇ!!!!」 「どうしたんですか!待ってください!」 一目散に逃げた青年に訳が分からず、幽香は青年の後を追う。 * * * * 「どうして……どうして追ってくるのよ……」 私の後ろには、鬼のような形相をした緑の髪の色の女が迫っていた。 みっともない今の私の姿を見られたくなかったのもあるけど…… あの怪しく光る瞳、顔の半分まで届くくらいに裂けた口……学校で私を襲ったあの化け物のようで、 あの光景が蘇ってくるようだった。 「きぇぇえええええええええ!!!きぇえええええええええええ!!!」 あいつは奇声を上げながらだんだんと私の距離を詰めてくる。 どうしよう、追い付かれる……!私は、まだ食べられちゃうの……? 「王者の鼓動、今ここに列を成す。天地鳴動の力を見るがいい!!我が魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!!!」 突然、別の誰かのかけ声がしたかと思った瞬間、私とあの化け物の間に、 赤い炎に包まれながら真っ赤なドラゴンが行く手を阻んでいた。 「レッド・デーモンズ・ドラゴン……」 私は、真っ赤なドラゴンを見た時、無意識に口にしていた。 私がレッド・デーモンズ・ドラゴンと呼んだそのドラゴンは物凄い大きな 雄たけびをあげて、緑色の髪の化け物に睨み付ける。 「よぉ、さぞかしいいモンが見つかったんだろうなぁ?」 「え……?」 緑色の化け物は表情を崩さないまま、少し驚いたような声を上げた。 私がもう1人の声がしたを方を見ると、そこには赤い髪の子が立っていた。 「麗華さん、待ってくださいこれは……」 「問答無用だ!灼熱のクリムゾン・ヘルフレア!!!」 赤い人の掛け声と同時に真っ赤なドラゴンが緑色の化け物に向かって 口から炎を吐き出し、一瞬で化け物が炎の中に包まれていった。 「おい、そこのコートのヤツ!!早く!!」 赤い髪の男が、私に手を差し出す。 「え……?」 「死にてぇのか、ほら行くぞ!」 赤い髪の子に腕をつかまれながら、だんだんと小さくなってくる炎と レッド・デーモンズ・ドラゴンを私はじっと見つめていた。 * * * サティスファクションタウン外部の荒れ地。 町の抜け出した麗華と水色髪の男は走るスピードを緩め、 ゆっくり歩みを進めていた。 「やっちまった……とうとうあいつを敵にまわしちまったか……!」 麗華はサティスファクションタウンの方向を見ながら顔に手を当て、 あの緑色のドS化け物を敵に回したことを悔やむ。 「ありがとう、さっき助けてくれて……」 「別に……」 麗華は男に顔を合わそうとはせず、そっぽを向いたまま答える。 「あ、あの……」 「あ?何だよ」 麗華が面倒くさそうに振り向くと、水色の髪の男が気まずそうに、うつむきいていた。 「私……変、だよね?」 「変ってどのへんが?」 水色の髪の男の問いに、麗華はきょとんとした表情で答える。 「私……男なのに女みたいな言葉で話してるし……その……」 「ああ、それか。でも、何か事情があるんじゃねぇのか?」 「あ……うん……」 麗華の返答に、水色の髪の男はうつむきながら、首を縦に振る。 「まぁ、話したくないんなら話さなくてもいいけどさ……」 「まぁ……そんな感じ、かな……」 麗華はうつむき気味な水色髪の男を見る。 水色の髪の男がした全てを諦めたような悲痛な表情。 そこに麗華がその男を助けた理由があったのだ。 彼女はかつてその顔をすぐ近くで見たことがあったのだ。 かつて、麗華たちが「幸運エンジェル」と呼ばれていた時――― 『ごめんなさいね…でも、アイドルってこういうモノでしょう?』 大好きだったアイドルグループの先輩の真実…… 彼らとの圧力で自分たちのアイドル生命が消されると知った時のりんとともみの表情…… この男もかつて自分の仲間と同じような表情をしていたのだった。 (あいつの顔、あの時のりんや、ともみみたいな顔だった。 あの男に何があったか知らねぇけど、放っておく気にはなれなかったなぁ……) 麗華はかつての友を想いながら上を見上げた。その瞬間! 「……なっ、何だありゃ……!」 「……あ、あれって……!」 突然町の中から、巨大な光線が飛び出し、空に向かって伸び続けながら、 炎と町の建造物の残骸が宙を舞わせていた。 「ま……まさか……!」 あの町にいて、あのような巨大な光線を放つことができる者、 麗華の顔には緑色の顔をして悪魔が浮かび上がった。 「に、逃げないと……!」 水色の髪の男も同様の人物が浮かび、顔色が恐怖に染まる。 「言われなくても!あんなの相手したら命がいくつあっても足りねぇ……!」 麗華と水色の髪の男は全速力で、駆ける。 サティスファクションタウンの町はもはや振り向きもしなかった。 【B-05 西側の荒れ地/一日目・午前】 【東豪寺麗華@MMDDFF】 [状態]:健康 [装備]:エクスカリバー@Fate/Zero [道具]:基本支給品、DMカードセット(レッド・デーモンズ・ドラゴン@遊戯王5D s(24時間使用不可)、デモンズ・チェーン@遊戯王5D s) [思考・状況] 1:生き残って主催者をブチ殺す。 2:幽香から何としても逃げる。 3:水色髪の男(さやか)はほっとけない。 4:レア様とはいずれ決着をつける。 ※制限はほとんどされてません。 【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】 [状態]:鬼柳京介の肉体。 [装備]:さやかのソウルジェム(濁り:大)@魔法少女まどか☆マギカ、鬼柳のハーモニカ@遊戯王5D s [道具]:基本支給品、「スピード・ウォリアー」のカード(六時間使用不可)@遊戯王OCG、 「くず鉄のかかし」のカード(六時間使用不可)@遊戯王OCG、「???」のカード@遊戯王OCG、不明支給品0~1 [思考・状況] 基本:殺し合いには乗らない。 1:緑の化け物から逃げる。 2:謎の戦車を警戒。 ※ショウさんの話を聞く直前からの参戦。 ※肉体は鬼柳京介のものになっています。 ※第一放送を聞き逃しました。 * * * 「……ゴホッ、ゴホッ!」 炎の壁に包まれた幽香は炎の壁とレッド・デーモンズ・ドラゴンに行く手を阻まれ、立往生をしていた。 (きっと、あの男の人を私が襲ったと誤解しているんだわ……麗華さんの誤解を解かないと……!) 幽香は炎から逃れるため避難できる場所を探すも、レッド・デーモンズ・ドラゴンはそれを許さない。 レッド・デーモンズ・ドラゴンは右腕に炎を纏い、幽香に向かって拳を突き出す。 「きゃあっ!!!」 幽香は驚き、拍子に胸ポケットにしまってあったミニ八卦炉が飛び出す。 「あっ、いけない!魔理沙さんのが!」 飛び出したミニ八卦炉に幽香を右腕を伸ばし、それを掴む。 「良かった……」 ――――カチッ 「えっ………?」 幽香が安堵した瞬間、右腕の方でスイッチが押したような音が耳に入る。 見ると、そこには爛々と光り輝くミニ八卦炉があった。 「えっ?ミニ八卦炉が、光っ――――――」 幽香の目の前一面に白い光が広がった。 * * * 光が収まり、幽香は愕然とする。 「あ……ああ……またやっちゃった……あれは危険なものだってわかってたのに……」 幽香の放ったマスタースパークは炎と麗華の呼び出した龍どころか、 町の一部を吹っ飛ばすほどのパワーを起こしていた。 「ちゃんとしまっておこう……こんなことを二度と起こさないように……」 幽香はデイバッグにマスタースパークをしまうと、麗華と水色の髪の男が行ってしまった方の道へと急ぐ。 「麗華さんの誤解を解かなくちゃ!こんなことになっちゃったけど…… ちゃんと謝れば、きっとわかってくれるはずだわ!」 幽香は知らない。麗華との溝がさらに深まっていることに…… 麗華の中の幽香像がさらに恐ろしいものとなっていることに…… フラワーマスターの伝説はまだまだ終わりそうにない。 【B-05 サティスファクションタウン内/一日目・午前】 【風見幽香@フラワーマスター伝説】 [状態]:健康、魔力消費(中) [装備]:なし [道具]:基本支給品、究極のコッペパン@ニコニコRPG、ミニ八卦炉@フラワーマスター伝説 [思考・状況] 1:麗華さんと協力してここから脱出する。 2:麗華さんとの誤解を解く。 3:どうか怖い人と出会いませんように。 4:右代宮譲治という犯人の人にはできれば会いたくない。 ※フラワーマスター伝説1話の履歴書に原作での経歴が載っている。 フラワーマスター伝説2話のタイトルに大妖怪とある。 これらのことから空を飛べたり弾幕を撃てたりするかもしれません。 ※幽香の放ったマスタースパークで、サティスファクションタウンの一部の施設が崩壊しました。 詳細は次の書き手にお任せします。 【支給品解説】 【レッド・デーモンズ・ドラゴン@遊戯王5D s】 元キングことジャック・アトラスの250円の魂。攻撃力は3000、守備力は2000。 本来はチューナーとチューナー以外のモンスターが必要であるが、 このロワではシンクロ口上を呼ぶことにより、召喚することができる。 必殺技は紅蓮の炎を口から放つ「灼熱のクリムゾン・ヘルフレア」と、 炎を右腕に纏い、相手に向かって拳を放つ「アブソリュートパワーフォース」がある。 また、守備表示のモンスターを全て破壊する「デモン・メテオ」という 特殊効果が備わっている。 【デモンズ・チェーン@遊戯王5D s】 元キングこと、ジャック・アトラスの使用するカードの1つ。 発動すると暗い緑色の鎖が飛び出し、相手を拘束する。 拘束された相手は攻撃と、特殊効果を封じられる。 sm103 マスケット銃 時系列順 sm88 地下なのにクレイジー!僕、不満足! sm76 見せてやるよ……暗殺者の意地って奴をよぉおおおお!!!!! 投下順 sm78 スルーに定評のある…… sm57 探索したほうが良いかもしれない! 風見幽香 sm107 損をするのはいつも優しい人ばかり sm57 探索したほうが良いかもしれない! 東豪寺麗華 sm107 損をするのはいつも優しい人ばかり sm54 ゆっくりだと思った? 残念! さやかちゃんでした! 美樹さやか sm107 損をするのはいつも優しい人ばかり
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裏準決勝戦【特急列車】SSその1 ■Side 内亜柄影法■ 紀伊半島を一巡して琵琶湖畔を抜けて若狭湾へ。 日本海沿いを鳥取まで進み南下、瀬戸大橋ルートで四国へと渡る。 そして、徳島の阿南市から常軌を逸した巨大浮体橋で再び和歌山に。 西日本大環状線は、関西滅亡時にもほぼ無傷で生き残った。 現在では関西の都市機能は、この大環状線沿いに拡散している。 結果として中心部の荒廃を招いたらしいがそんなことは俺の知ったことじゃねえ。 大環状線を貸し切ってノンストップで走らせた特急列車が今回の戦場だ。 列車を止めて乗り込めばいいと思うだろ? だが、ノンストップのまま戦場入りするってのが主催者の趣向だ。 主催者は馬鹿なんじゃないかと俺も思う。 まあ、宇宙の時と同じく光素って奴のクソ魔人能力で転送して貰えばいい話だ。 先頭車両で頼むぜ。 エルフ女もトング女もそんなタイプには見えないが、機関車に細工されたら嫌だからな。 かく言う俺もガチ文系だから細工なんてできねーけどよ。 転送完了。おおー、いい眺めだ。 自動運転だから広い窓から前がよく見えるぜ。 おっ、あの観覧車は白浜のパンダちゃん遊園地か? ここのイルカショーは悪くない。ガキだったら楽しめると思うぜ。 ……おいちょっと待て!?線路の上に何かいるぞ!? ■Side 聖槍院九鈴■ 一方、特急列車の最後尾。 車内に浮かぶ直径約2mの白く丸い『穴』より、二丁のトングを携えた女性が現れた。 能力『タフグリップ』によって、トングで挟んだ物体を永遠に掴み続ける魔人。 その名は聖槍院九鈴。 彼女が通り抜けてきた『穴』は魔人アンバサダーの能力によるワームホールである。 転送失敗によって命を失う可能性すらある危険な移動手段だ。 しかし、雪山でも、底なし沼でも、彼女は臆さずこの『ポータル・ジツ』を利用した。 みずからの生死について、あまり興味がないかのように見える態度であった。 実のところ、この態度は『ポータル・ジツ』を利用するにあたって正解と言える。 この術は、人体を精神的エネルギー状態に変換して遠方に転送する術である。 恐れ、迷い、戸惑い――心の揺らぎは転送に干渉し失敗を引き起こす。 心弱き者に用はない。 アンバサダーたちの能力もまた、主催者が用意した試練のひとつなのだ。 転送が無事完了したのを見届けたアンバサダーは、天井のハッチから車外に出る。 時速160kmの強風に包まれるが、彼は直立姿勢で平然と周囲を見回す。 「イヤーッ!」 そして掛け声とともにアンバサダーは車上より跳躍し、宙返りしながら高架下に消えた。 ■Side リンダ・ゾルテリア■ 線路の上に置かれた、びっくりドンキーに似た名前の店で買った踏み台。 その上に乗っているのは、尖った耳とたわわなバストを持った女騎士。 「我が名は元女騎士ゾルテリア!!いざっ勝負だ特急列車!!」 猛スピードで迫りくる列車に対し、凛として名乗りを上げる。 控えめに言って自殺行為! 「とうりゃー!!」 ジャンプして列車のフロントガラスにレイピアで突きを見舞う! ガラス全面にヒビが入るが丈夫で割れない! 轢かれて吹っ飛ぶびっくりドンキーに似た名前の店で買った踏み台! Pカップの胸がガラスに激突し、ガラスが割れて車内に転がり込むゾルテリア! 激突のダメージは『ZTM(絶対にチンコなんかに負けない)』によって吸収された! 「あっふうぅぅぅん!!凄いのぉぉぉ!!大きくて逞しいのぉぉぉ!!」 卑猥なよがり声をあげ、身体をよじりながら悶えるゾルテリア! 激突の衝撃が変換された性的快感は、ゾルテリアの想像を遥かに超えたものだった! 異世界の住人であるゾルテリアが知らなかったのは無理もない。 鉄道の設計・製造・運用に関わる者の多くが、列車に劣情を催す変態であることを。 いわば、巨大なチンコと正面衝突したようなものである。 むしろ一撃で絶頂を迎えなかったのは幸運というべきだろう。 「ハアッ…ハアッ…今のはあぶなかったわ…」 ■Side 内亜柄影法■ 馬鹿だな。このエルフ、主催者の馬鹿どもを遥かに超える馬鹿だ。 今ので死んでくれたら良かったんだが、仕方ねぇ戦うとするか。 床にうずくまるゾルテリアに声を掛ける。 「大丈夫ですか?騎士道精神にのっとり正々堂々戦いましょう!」 俺の柄じゃねえが、なかなか『気持ちのいい』言葉だろ? 能力発動。生成されたのは七支刀じみた形状の『気持ちのいい』ジョークグッズ。 柄のスイッチを入れると7本の触手がウィンウィンとうねる。 ……どっちかと言えば『気持ちわるい』ぞコレ。 まあ俺は『騎士道精神』なんざ反吐が出るからこんなもんだろう。 「待って!!その武器やばい!!」 ゾルテリアは慌てて飛びのいてレイピアを構えた。 どうやらバイブ剣はかなり有効そうだな。 「そらよッ!だらしなくイッちまいな!」 「くっ…バイブなんかに負けない!」 細身の刀身と、異形のジョークグッズがぶつかり合う。 しかし……うおお!?こいつサバンナの時よりかなり強くなってるぞ? あれか?ホームセンターで勝ってレベルアップしたのか? どうしてコントで剣術の腕が上がるんだよ! 「フフフ……貴男、その武器で戦うのに慣れてないわね?」 「バイブで戦うのなんて生まれて初めてだよッ!」 俺は『ツッコミ』の言葉で『突っ込む』武器――ディルドを生成した。 ゾルテリアに投げつけるが、レイピアのナックルガードで易々と弾かれる。 ……こいつはちょっとヤバい。 ゾルテリアの剣術はフェンシングに近いスタイルだ。 座席間の狭い通路で、前後に動きながら戦うのに適してやがる。 おまけに、俺の背後にはゾルテリアが大穴を開けたフロントガラス。 ゾルテリア以外の生物が窓から落ちて特急に轢かれれば確実に即死。 プシューッ。その時、車両後部のドアが開いた。 待ってました!トング女、聖槍院の御到着だ。 重そうなキャリーバッグをゴロゴロと引きずっている。 中には妙なトングがいっぱい入ってるんだろう。 武器を全部持ち歩かなきゃならないのは大変だな。同情するぜ。 ■Side リンダ・ゾルテリア■ 特急列車は紀伊半島を南下し、江須崎付近を通過中。 聖槍院九鈴はトングで通路の床をカツン、カツンと叩きながらゆっくり近づいてくる。 音の反響で罠の有無を確かめながら進んでいるのだろう。 内亜柄影法はゾルテリアよりも前方に位置どっていた。 つまり、このままいけば『はさみうち』になってしまう。 「前から後ろから二人がかりで私に酷いことする気だったのねっ!」 「狙いはその通りだが、卑猥な表現すんなッ!」 影法は言葉『尻』を捉えた『ツッコミ』を入れエネマグラを生成。 バイブとエネマの二刀流! 「ひいいっ!どう見ても前から後ろから酷いことする気じゃないっ!」 挟撃を回避しようと座席の上に逃げるゾルテリアだが、一瞬遅かった。 トングで足をつかまれ投げられた。 「ガシッ!ボカッ!」アタシは平気だった。スイーツ(笑) 攻撃が性的かどうかは、ゾルテリアの認識に加えて攻撃者の認識も重要である。 聖槍院九鈴の戦いは、聖槍院九鈴の掃除は、自身の罪を雪ぐための神聖な行為である。 例えばお掃除フェラのような、性的興奮を孕んだ掃除ではないのだ。 ドゴーン!ドゴーン! ゾルテリアが振り回され、車内の椅子や棚や天井照明がどんどん破壊されてゆく! そして九鈴は、およそ胸囲1.5mにも及ぶ巨大な脂肪塊を、影法へと振り下ろした! 「うおッ!?ちょっと待て!」 影法は『制止する』言葉でサスマタを生成してゾルテリアを受け流す。 ドゴーン!ドゴーン! 重機じみた速度で迫る即席のゾルテリア・ハンマーを、影法は辛うじて回避し続ける。 (はぁー…まさか自分自身が鈍器になるとは驚いたわねえ…) レイピアで反撃しても届かないし、ダメージはほとんど受けないので、 ゾルテリアは為すがままに振り回されることにした。 やることがなくて暇なので、しょうもないことを考えていた。 (はっ、もしやこれが『びっくりドンキー』!!) ■Side 内亜柄影法■ 「ドンドンドン、ドンキー♪びっくりドンキーに似た名前の店ー♪」 ゾルテリアが酷い歌を歌いだしやがった。歌詞も酷いが音程も酷い。 それ以上に歌う鈍器に襲われてるこの状況が酷い! サスマタで捌きながら、座席の上を飛び逃げるのも限界だ。 「おいッ!提案がある!聞いてくれ!」 聖槍院の奴もゾルテリアにダメージを与えられない状況だ。 交渉の余地はあるはずだ。 「今から俺が列車に穴を開ける!そのブタを外に投げ飛ばせッ!」 「いいかんがえね」 お、聖槍院が同意してくれたぞラッキー! 「そんな酷いっ!反対!HANTAI×HANTAI!ハンタイ・ルージュっ!」 票が減るからファントム発言すんな!ん……?票ってなんだ? 「オッケー。賛成2、反対1で結審だ。さっそく判決いくぜ。主文は後回しだ」 この『主文後回し』ってのは、ほとんど死刑と同義語の『重大な』言葉だ。 能力発動。重くて大きな断頭斧が生成される。 「判決ッ!おっぱいはデカい方がいいが限度があるんだよッ!死刑ッ!」 全身を使って巨大断頭斧を一回転させ車両を輪切りにする! バツン!火花が散って車内照明が消える! やべえ、切っちゃまずいとこ切っちまったか? ギャギャギャギャギャー!急ブレーキ! 俺たち3人は前方に吹っ飛び、フロントガラスに空いた大穴から放り出された! 線路の上に手酷く叩きつけられる。 ……どうやら、全員まだ戦闘範囲内にいるみたいだ。 ゾルテリアは線路上で大の字に固定されている。 すげえな、もつれた一瞬で懐のトングを繰り出し固定する聖槍院の早業だ。 転落の衝撃でゾルテリアのアーマーは壊れ、タイツも破れ全裸に近い状態になっている。 これもすげえな、物理法則を超越したゾルテリアのエロハプニングだ。 レイピアもどっかに吹っ飛んでるようだ。 これなら聖槍院さえ倒せば俺の勝利は確定だろう。 「あんた……いい女だな。結婚してくれ!」 俺は聖槍院にプロポーズした。 「俺の仕事は社会のゴミ、犯罪者の掃除だ。俺たち、気が合うと思うんだ」 「いきなりなにを……」 唐突な求婚に聖槍院は戸惑い、警戒し、後ずさりした。 そりゃそうだろう。 いきなり口説いて『落とす』ようなことを言われても話が『見えない』よなぁ。 でもよ、できれば俺の言葉があんたの『心に届いて欲しい』って思ってるんだぜ? 能力発動。聖槍院の真上に『見えない』刃が生成される。 目に見えぬ刃は、聖槍院の『心臓へ』一直線に『落下』する。 じゃあな。あんた割と俺の好みだったぜ。……ルックスだけならな。 ■Side 聖槍院九鈴■ 広大な太平洋に突きだした、本州最南端・潮岬(しおのみさき)の白い灯台が遠方に見える。 影法の生成した無色無音の刃が降ってくるが、その姿は九鈴には見えない。 不可知の刃が突き刺さり、九鈴の肩から鮮血が噴き出す! しかし! その刃は心臓には届かなかった! 肩に隠し持っていた暗器トングが、刃の軌道を僅かに逸らし致命傷を免れたのだ! 世界のすべてに果てなき謝罪を繰り返す、聖槍院九鈴の壊れた心に言葉は届かない。 鮮血に染まりゆく道着を意に介さず、トングを振るう。 「!よかるまたてけ負」 必殺の刃を凌がれ窮地に陥った影法は、生成した『逆転の』ナイフで反撃する。 トングがナイフを捉える。白刃取り! 影法の視界の天地が逆転し、地面に叩きつけられた。 いま一方のトングが手首を挟み、影法は再び宙を舞う。 「降参だッ!」 二発目の投げ技の軌道上で影法はサレンダーした。 タフグリップが解除され、稀代の悪徳検事は小さな放物線を描いて地に落ちた。 残る敵はほぼ全裸で磔(はりつけ)状態の女騎士ゾルテリアたた一人。 だが、ここからが難事だ。 「くっ殺せ……!!」 「そうしたいです……」 一応、名トング『カラス』による必殺の突きを何発か打ち込んでみる。 「んふんっ! そんなんじゃちっとも感じないわよっ!」 やはりノーダメージ。無理っぽい。 「頑張れ九鈴ちゃーん! レズプレイが有効だぞーッ!」 脱落した影法が愉しげにアドバイスする。 かぶりつきの特等席! もしや迅速なサレンダーはこれが狙いか。 (アレしかないか……。だけど……アレは……) 九鈴にはゾルテリア戦に備えた秘策があった。 でも、できれば使いたくなかった。 己の命にすら無頓着な狂人にも、捨てきれない羞恥心があることは御理解いただきたい。 流石の九鈴も、いかにして自らを淫しているのかを公開するのはすごく恥ずかしかった。 『心を掃除せよ』 亡き父の教えを思い起こす。 為すべきことのみに専心し、その妨げとなる感情は捨て去るのだ。 ――九鈴は意を決して、キャリーバッグに歩み寄った。 (わたしやります! 父さん、母さん、九郎。天国から……見ないでください!) そして九鈴は、キャリーバッグの最も奥からアレを取り出した。 女性に安心感を与える乳白色の柔らかな曲線フォルム。 挟んでよし、挿れてよしの優れた機能性。 聖槍院九鈴、夜の愛用アイテム――その名もTONGU。 ■Side 高島平四葉■ 「 茶 番 」 参加選手にあてがわれたホテルの一室で中継を見ていた四葉は、そう言い捨てた。 あのTONGUが出た以上、勝負は決まった。これ以上の継続は無意味だ。 だが、残虐場面や猥褻場面をフィルタリングするNiceBoat認証画面を わざわざ参加選手権限で解除していることからも、興味を持ってることは明らかだ。 四葉は、あの温泉旅館で自分の身体の上を這ったTONGUの感触を思い出していた。 下腹部から沸き起こった甘い戦慄が全身を包みこみ、四葉は身震いした。 (すごい……あんなに激しく……) TONGUによって乱されるゾルテリアの痴態を、四葉は食い入るように見つめていた。 いつしか、四葉の指は無意識のうちに下着の中に滑り込 (省略されました。全てを読むには投票コメントにワッフルワッフルと書いてください) このページのトップに戻る|トップページに戻る
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第二回戦【活火山】SSその2 いくら俺が「低学歴の阿呆」だからって、戦いの目的を見失ったりはしない。 たとえば凄腕の魔人どもがひしめくトーナメントに参加するのは、 賞金の10億と何でも願いを叶える権利を手にするためだ。 決して戦うこと、それそのものが目的なわけじゃない。 つまり、やるべきことは最初から一つだ。 他の参加者・主催者の目が危険極まりないトーナメントに向いている間に、 「ザ・キングオブトワイライト」運営本部へ忍び込み、10億の賞金を盗んで逃げる。 あわよくば副賞の「願いを叶える」何かを手に入れること。 そんなこと、誰でも思いつく正解の道だ。 この大会に優勝できるくらいの力量があるなら、こっちの方が手っ取り早い。 俺はそう確信していたし、ノートン卿だって止めなかった。 『太陽のごとく進軍し、嵐のごとく侵略せよ』 とはノートン卿のアドヴァイスだった。 ――それが、どうしてこんなことに? 俺はその、たったひとつの死体を前に、完全に途方に暮れていた。 運営本部最深部通路にて、俺が遭遇したのは無数の警備員の死体。 そしてその奥、開け放たれた金庫室の前に横たわるひとりの男――魔人――手芸者ってやつか? 顔と名前は、スポンサー紹介の際、主催者の少女に付き従っていたことから覚えがある。 強力無比な戦闘能力、そして忠誠心の持ち主。 その死体の名を、森田一郎といった。 『ふむ』 ノートン卿は落ち着き払って呟いた。 『絶命しているな。しかし外傷はない』 「見りゃわかりますよ」 本当なら、俺は彼を怒鳴りつけたい気分だった。混乱している。 「そんなことより、カネ! カネですよ。なくなっちまってる!」 金庫の中は空っぽだ。一円たりとも存在しない。 誰かが盗みやがった? 俺より先に? クソ! 『そんなことはどうでもよい』 ノートン卿は俺の動揺を冷たくあしらった。 そんなこと、だと? この野郎、カネは今回の最大の目的なんだぜ。 『この男は如何にして死んだか? 重要なのはそれだ。見よ、この顔を』 ノートン卿に促され、俺は動揺しながらもその男の顔を見た。 ――無表情。いや、違う。 空虚、空白、虚無、そういう言葉が当てはまる。 『主催者の護衛を務めるような、これほどの手練が簡単には殺されはしまい。 そして我々の動向を読んだようなこの殺人。容疑者は限定される』 「だからなんだってんですか。 どうせ生き返るでしょうよ、あの変な能力者がいるんだから!」 『それはどうかな。この症状、治せるかどうか――ただの死ではなく、これは――』 「何が言いたいんです?」 いつになくノートン卿の口調が重たい。俺はひどく不吉な予感を覚えた。 『わかったのだ、ユキオ。オレイン卿めの手駒が誰か。 この手口からして間違いないだろう』 「そりゃよかったですね! で、俺たちのカネはどこにいったんでしょうね!」 『まったく、カネ、カネと、人生はカネが全てではないぞ』 「ンなことないですよ。俺の知り合いは消防署に勤めててですね、 年収600万オーバーなんですよ!? おまけにエロい大学生の彼女までいる! カネ! オンナ! すべてにおいて俺は負け組なんで、一発逆転のためには――」 『それらもすべて、命と自由があってのものだ。そら、来たぞ』 俺はオレイン卿に金の大事さを説くのに忙しく、気づくのに少し遅れた。 そこには、警備員を従えた少女――七葉樹 落葉。 そして本来の俺の対戦者、赤羽ハルまで揃って、俺の退路を塞いでいた。 「さすが、というか何というか」 赤羽ハルは面白がるように、唇の端を歪めた。 「いつまでも対戦相手がこねえとは思ってたんだよ。 そういうこと、やるかァ? 普通? 予想外なヤツだ」 予想外なのは俺の方だ。畜生。この殺し屋、俺が嫌いなタイプだ。 「相川ユキオ」 七葉樹の少女は恐ろしく冷たく、いくらかの覚悟を滲ませた声で俺を呼ぶ。 「お前のような者が現れることを想定し、当然対策は打っていた。 賞金の所在は別の地点。そしてルール違反の愚か者を、確実に殺す。それが」 彼女の目が森田一郎を労わるように一瞥し、突き刺すように細められた。 「彼の役割。だった。 ――お前だけは、決して許さない」 「待て! ウェイ! 違う、これは――」 俺はなんとか抗議しようとした。俺はやってない! 俺は悪くない! そりゃ賞金を盗んで逃げようとしたのは悪かった。 でも、この殺人は、 『馬鹿め!』 ノートン卿は苛々と俺を叱責した。 『言い訳ができる状況か。くるぞ、構えよ!』 「ンなこと言ったって!」 俺は慌ててノートン卿を抱えなおす。なんでこんなことに? 「赤羽ハル」 七葉樹は傍らの暗殺者に声をかけた。 「トーナメントは中断しません。私の一存では止められないほど、複雑に利権が絡んでいますから。 よってあなたに彼の処刑を執行していただきます。 ただし、必ず生かしておくこと。簡単に殺すなどと、思っていただいては困ります」 「――は! どっちでもいいさ」 赤羽ハルは、ポケットの中に手を突っ込んだ。 かすかな金属音。 「勝てば俺はそのまま3回戦進出、でいいんだよなァ? もちろん?」 「契約の通りに」 七葉樹は決然と力のこもった瞳でうなずいた。 くそっ、だから違うんだって。真面目すぎる、このガキは! 「必ず、彼を処刑してください。絶望と、苦痛を」 「はい、はい」 赤羽ハルの笑顔は獰猛、というより禍々しい。 「美少女で主催者の頼みだ。断るわけねェ――よな!」 一歩、赤羽ハルがこちらに近づいた。 その瞬間、何かの条件が整ったのか、それともこの場にいない誰かの能力か。 一回戦とおなじく、転移も舞台構築も瞬く間というわけだ。 こいつは運営委員の誰か、光素あたりの能力なのか? それともポータル・なんとか? どっちでもいい。 嫌がる対戦者を無理やりフィールドに案内する仕掛けくらいは、当然の如く存在するだろう。 軽い浮遊感と、歪んだ酩酊感の後、俺たちの物理肉体は荒涼とした火山へと跳んでいた。 ―――――――――――――――――――――――――――― その攻防は、数秒も待たずに最高潮を迎える。 「お」 俺は悲鳴をあげる。 影から高速で《塔》と《壁》を編集する。 「……おおおおおおおぉぉぉぉっ、おいっ! マジかよ!」 無数に連続して生える《塔》それ自体を足場に、俺は次々に飛び渡って山頂方向へ逃れる。 一方で《壁》は、赤羽ハルに触られるなり消滅し、何も残さず消える。 「なるほど、さすが最古の魔導書を名乗るだけはあるな」 赤羽ハルは悠然と、無人の荒野を行くように、次々に《壁》をかき消しながら歩いてくる。 その表情はうっすらと微笑んでいるが、油断というより、何か喜んでいる風でもある。 「ここまで完全な《城塞》を具現化できるのか? ハハハハ! すげェよ、まったく。完璧すぎて、俺の能力で換金できるくらいに」 「うるせえっ、バーカ! 黙ってろ!」 俺は腹立ち紛れに、《弩》を編集して矢を放った。しかしたった一発。 赤羽ハルの手に払いのけられると、完全に掻き消える。 「完璧なのはいいさ。けどな――素材が《影》だ。 そりゃ換金してもゼロ円だよな、ってところか」 赤羽ハルは軽く首を傾げた。ごきりと骨の鳴る音がする。 ちくしょう、カッコつけやがって。カッコいいじゃねえか。 俺はこういうカッコイイやつを見るとイライラしてくるんだ。 ミダス最後配当は、あらゆる物体を触っただけで換金することのできる能力だと聞いている。 別に、本当に、これっぽっちも楽観視などしていなかったが、 まさかノートン卿の《城塞》にまで通用するとは。 『なるほど。我が力が完璧すぎる故の結果だな』 ノートン卿は落ち着き払っている。ムカつく。 『これでは真の城塞を構築したところで、あまり意味はないな。 せっかくの絶景、威風堂々たる我が王城を披露したかったものだが』 「なに言ってんですか!」 俺は《壁》を連続して出現させながら、《塔》を生やして飛び渡る。 いまや火山中腹は、黒々とした《塔》の乱立する森のようだ。 そしてすぐに消し去られる無意味な《壁》だが、一応、出しておかないわけにはいかない。 なぜなら、 「――ち、超ヤバイっすよ! これ……!」 ヂッ、と空気を焦がすような音がして、飛び渡った直後の俺のこめかみを何かがかすめた。 銀の光。赤羽ハルの放つ硬貨の弾丸。 少し跳躍が遅れれば、頭蓋骨を射抜かれていただろう。 要するに、《壁》は山頂へと進軍してくる赤羽ハルに対する遮蔽物の役だ。 これがなければ、赤羽ハルはもっと悠然と狙いをつけて、正確に狙撃を放ってくるだろう。 とはいえ俺も黙っているわけではない。 《弩》の射撃に目を慣れさせたところで、斜め45度に生える《塔》を生み出す。 俺の左手の中でノートン卿が素早くめくれあがると、 ごおっ、と地面がため息をつくような音が轟く。 「ああ。それかァ……?」 赤羽ハルの顔が憂鬱そうに歪んだ。 斜めに生えた《塔》の頂点から、《油壺》と《松明》が落下する。 そういう風に配置した《塔》だ。攻撃用の尖塔。 「いくらテメーでも、炎と熱まで換金できるかよ、バァカ!」 『馬鹿はきみの方だ。前回の戦いと似たような手を――』 勝ち誇った俺の罵倒は、ノートン卿によって即座に馬鹿扱いされた。 『通じると思うか? まったく愚か者め』 「炎を使う、ってなァ」 赤羽ハルは、まったく静かに呟いたようだった。 「その程度の魔人なら――」 その手には数枚の紙幣。しかも万札じゃねえか。 こいつ、借金多いくせに金持ってやがるな! 「何度も、何度も相手にしてきた」 紙幣が閃き、炎を引き裂いた。いとも容易く吹き散らされる。 真空がどうのこうのって話か? それとも別の原理で? 畜生、知るかこんなの! 非科学的だ! 「戦歴の違いってのは、まあ、少しくらいは役に立つもんだ」 少し焦げた紙幣を投げ捨てると、赤羽ハルは地面を蹴った。 「お前の手品にあまり付き合ってると、殺されちまうかもな? 急いでやっちまうか。な――サンシタ編集者ァ!」 走り出す。 片手で壁をかき消しながら向かってくる。 「な、なんだありゃあ! 炎も効かねーのか!」 『で、あろうな。対策をとるのだ、ユキオ』 「そんなフワっとした助言はいらないっすよ! どうやって?」 『そのくらい自分でなんとかしろ』 ノートン卿は夢も希望もないことを口にした。 『いま、私はあのオレイン卿めの手勢をどう破るかについて検討している。 忙しいのだ、邪魔をするな!』 「ふ、ふざけんなこら! いま俺が死にかけてんだぞ!」 『なんだその口の利き方は! 万死に値するぞ! 力を貸さぬでもよいのか!』 「……はい」 ノートン卿の怒りの咆哮が脳内に響き渡り、俺は少し冷静になった。 イラついても状況は好転しない。 自分に言い聞かせながら、また生やした《塔》を飛び渡る。 そして足元をかすめる銀の光。だんだん狙撃も正確になってきてる―― だが、赤羽ハルだって無敵ではないのだ。たぶん。きっと。そうだといいな。 「ノートン卿」 俺は山頂に近づきながら、必死で知恵を絞る。 低学歴な俺だが、知能だって人並みにある。あるはずなんだ。 「あいつをやっつけたら、俺のこと見直します? 力、もっと貸してくださいよ」 『何を馬鹿な』 オレイン卿は鼻を鳴らした。 『我が編集者なら、あの程度、一刀のもとに斬り伏せて当然。 見直すというより、できねば心の底から見損なうだけだ』 ひどい言い草だが、俺が知っていることはある。 それはノートン卿なりの、最大限の譲歩なのだ。 「……いまの約束、絶対ですぜ」 俺はありったけの手を試してみることにした。 ―――――――――――――――――――――――――――― 「……そろそろ」 山頂に到達する手前で、俺はついに赤羽ハルに追いつかれた。 「決着だな。あァ……相川ユキオ、と、ノートン卿だったか」 というのも、いくらオレイン卿の《塔》といえども、 赤羽ハルの放つ砲弾のようなコインの連射を耐えきることはできない。 一本折られ、二本折られ、ついに俺は次の《塔》を編集する前に赤羽ハルに捕捉された。 俺は地上で赤羽ハルを迎え撃つことになった。もっとも、想定内の出来事ではある。 山頂で捕まるか、ここで捕まるか、それだけの違いに過ぎない。 「お前らに聞きたいことが一つだけあるんだよ。 ひとつ。どうやってあの森田一郎を殺した? あれは正面からぶつかって勝てる相手じゃない。さすが運営主催者の護衛ってところだ」 赤羽ハルは一歩、こちらに踏み出してくる。 「興味深々じゃねーか、赤羽ハル」 俺は挑発するために、中指を突き出した。 「だが、そんなもん知るかっつーの! 俺が知りてえよ!」 『態度がサンシタのチンピラだぞ、ユキオ』 ノートン卿が嗜める。役立たずは黙ってろ。 「確かにアンタは強い。赤羽ハル。暗殺者ってんだろ。ケッ! カッコイイ肩書きしやがって」 俺にはそういうのはない。 かっこよさも可愛げも狂気も下劣さも、何もかも明らかに足りていない。 おまけにノートン卿の言うとおり『低学歴の二流編集者』だ。 そんなのわかってる。 だが、 「かかってこい。ぶっ飛ばしてやる!」 俺は手の平を上向け、手招きのジェスチャーをした。 せめて虚勢だけは一流でいなければ。 しかし、俺の意図は完全に読まれていた。 「さァて、そいつはどうかな――相川ユキオ」 赤羽ハルは足をとめた。 周囲に林立する無数の影の《塔》を眺める。 「かかってこいってことは、かかってこられた方が都合がいいからだ。 城塞にはこういうのもあるんだろ? つまり、さ」 踏み出すと、がりっ、と赤羽ハルの足元で金属音が鳴った。 それは《鎖》の音。ノートン卿の城塞が生み出す、仕掛け《鎖》の音だ。 「――罠、とかな!」 赤羽ハルは、まったく無造作に片手をあげる。 周囲に生えていたいくつかの《塔》から、影の矢が放たれた。 侵入者に対する《罠》。 接近を感知して迎撃の矢を降らせる。 その数は百や二百ではない。難攻不落の要塞、ノートン卿の特製の罠だ。 とはいえ、それを予期していた戦闘型魔人に対しての効果は、見てのとおりではある。 「畜生!」 俺は思わず悪態をついた。 《矢》は赤羽ハルの身体に届く前にかわされ、あるいは叩き落とされる。 中には触れるだけでゼロ円として換金され、掻き消えたものもある。 それでも何本かは皮膚をかすめ、ごく微量の出血をもたらしたが――それだけだ。 「俺を止めるには」 赤羽ハルは、かわらず無人の荒野をゆくように、ごく自然に歩く速度で近づいてくる。 「手数不足なんじゃないかァ? ――ほら、遅ェよ」 歩きながら、しかも矢を迎撃する合間に、その指が閃く。 銀の光が《塔》に隠された《罠》の機構を確実に破壊していく。時間の問題じゃないか。 「全力で来いって。遠慮するなよ、相川ユキオ。 そうじゃなきゃ、しねェだろ……ほら、『絶望』」 一歩。二歩。三歩。次々に《罠》が無力化されていく。 距離が詰まる。そろそろ限界か。 やつが魔人の身体能力で、俺に肉薄してくる限界距離……いい加減にしろ、クソ魔人どもめ。 「お前の……その『絶望』が依頼人からの殺しの注文でね。 こっちも辛いところなのさ……!」 嘘つけ。 と、俺は思った。 赤羽ハルがこちらを見る。凄みのある瞳。俺には永遠に無理だ。 だから、それにビビっちまったわけじゃないぜ。本当だ。信じてくれ。 『まったく、穴だらけの戦術であったことだな。見抜かれたではないか』 ノートン卿はいちいちやかましい。図星だ。 『きみに軍師の真似は無理だ。私の戦い方の真似もな。 独自路線で行け』 「まだまだ……!」 俺は強がった。 「こっからが、本命!」 俺は地面に手をついた。こいつは一大編集だ。 ノートン卿がめくれあがり、複雑、かつ大規模なスペルを瞬く間に編集する。 影が一斉に広がって泡立つ。そこに実体化するのは、無数の《軍馬》。 ただし、それらの軍馬は横列にして幾重にも並び、互いに《鎖》で馬具を繋がれている。 「手数が足りないっていうなら……」 この状態の《軍馬》は一頭が走り出せば、ひとかたまりの馬群として、 止めようもない圧倒的突破力を発揮する。 大昔の戦術で、「連環馬」といった。 「――行け!」 俺の号令で、鎖で互いにつながれた《軍馬》たちが疾走をはじめる。 ちょうど下り斜面、理想的な逆落としの格好で、 矢の迎撃で動きを制限された赤羽ハルを踏み潰す。 まあその、一応その予定ではあった。 「そいつだ」 赤羽ハルはうなずいた。 「そいつを粉砕してこそ――」 俺とそっくりの姿勢で、地面に片手を触れさせる。 「ハハ! お前も安心して『絶望』できるってもんだよなァ!」 それは、この火山全体が咆哮をあげたようだった。 赤羽ハルの周辺から、ほとんどひと呼吸する間に、地面が沈みこむ。 沼のように沈む。 銀と金に輝く沼だ。中には紙片も混じっている。 天変地異、という言葉以外の何者でもない震動が波のようにあたりを震わす。 『ふむ。つまりこれは』 ノートン卿だけが落ち着き払っていた。 『換金か』 ンなことはわかってる。 こいつ――この土地を、この火山を。 「不動産」として換金しやがった、クソ馬鹿野郎め、死ね! こんなの、最初から勝ち目なんてなかったじゃねえか! 突撃していた連環馬たちは、硬貨と紙幣に変化して沈みこむ地面に巻き込まれた。 そのまま突撃力を失って、ずぶずぶと沈んでいく。 さらに、それは俺自身も同じことだ。 突然のことに抗いようもなく沈む。 沈む視界の端で、赤羽ハルが跳躍するのが見えた。 傾いて、同様に崩れ落ちかける影の《塔》を足場に、こちらに迫る。 「ノートン卿!」 俺はどうにか硬貨と紙幣の沼を泳ごうともがきながら、悲鳴をあげた。 「ぎ、逆転の何かアレは!」 『私には、ないな』 ノートン卿はいつも冷たい。 どうにか影の足場、《廊下》か《塔》を作り出せば、沈むのは免れる。 だが、いま飛びこんでくる最悪、赤羽ハルの攻撃をどうやって避ける? ――結論は明白だ。無理だよ。 『此度の戦は、きみ独自のやり方でやれ、と私は言ったぞ』 まさに絶望する俺の頭の中で、ノートン卿の声だけは遮蔽できない。 『きみが彼に勝る部分で戦え。 何かあるだろう、きみのような二流でも。死んでも負けるな! 許さんぞ!』 そんなもんはねえよ。 強さもカッコよさもしぶとさも賢さも好感度も、何もかも相手が上だ。 ついでに可愛い彼女までいやがる。畜生! 考えたら超ムカついてきた。 何か無いか、何か無いか、何か何か何か何か! 思いつかねえよ、俺は低学歴なんだ! 周囲の硬貨に全身が押しつぶされる。その苦痛。 この戦いは茶番で、最初から赤羽ハルの勝ちだった。 こんなことができるなら、俺が何をどうやったところで―― いや。 そりゃ変だ。 なんで最初から勝てたのにこんな方法をとったんだ? 俺を絶望させて勝とうとしたのは? ――その必要があったから。そうしなければならなかったから。 俺はある発想に辿りついた。 そして、赤羽ハルは最後の影の《塔》を蹴り、足場にして跳躍した。 俺の頭上に迫る。その手が硬貨と紙幣に埋もれかかる俺に伸びる。 がしゃがしゃと音をたて、硬貨を紙幣に換金しながら、俺をつかもうと伸びる。 「まずはその魔導書を換金する。これが絶望。 そんで――なんだ。次にお前に苦痛を。あァ――くだらねえ」 赤羽ハルはむしろ憂鬱そうな顔で、残虐な台詞を吐く。 俺はちょっとした賭けに出ることにした。 硬貨と紙幣の沼の中で、ノートン卿をどうにか開き、スペルを編集する。 これは本当に奥の手の中の奥の手、できれば絶対に使いたくなかった。 なぜならば。 《これ》を使うとノートン卿の機嫌を最悪に損ねることがわかっていたからだ。 果たして、《これ》に触れた赤羽ハルは、灼熱した鉄に触れたかのように素早く手を引っ込めた。 このときに勝負はついた。 俺は勝てなかったが、負けもしなかった。 ―――――――――――――――――――――――――――― 「最初から勝てたような勝負で、なんで変な戦い方をするのか――」 そうして俺は硬貨と紙幣の沼に半分うもれながら、赤羽ハルと会話するレアな機会を得た。 正直、カッコ悪い。 赤羽ハルは硬貨の上にあぐらをかいて、不愉快そうに俺を見ている。 「そりゃ、そうする必要があったからだ。 依頼人からの、そういう注文だったからだ」 「……そうだな」 赤羽ハルは憎悪らしきものを押し殺した目をした。 つまるところ、この男の、圧倒的に強力な能力の制約がそれだ。 契約に基づく「負債」を踏み倒せなくなる事。 強い能力ほど制約も強力――というのが、魔人能力の、まあ、だいたいの方向性らしい。 「だったらよくないぜ、契約書をろくに読まずにハンコ押すなんて」 俺は影によって生成された、《和平条約調印書》を突き出した。 これこそが俺の身を赤羽ハルから守る盾だった。 ノートン卿のような性格の魔導書でも、そこはさすが完璧な城塞をコンセプトにした一冊ということだ。 こういうものも、ちゃんと完備している。 「ハンコ押すつもりなんてなかった。こりゃ実際――詐欺じゃねェのか」 赤羽ハルは自分の右手を見た。 《矢》がいくつかかすめたおかげで、微量とはいえその指先にまで血が滴っている。 あとはその指で、しかるべき印の欄に触れるだけでよかった。 契約が完成してしまえば、そこから発生する「負債」を踏み倒せなくなる。 「一つ。故意に互いの健康、財産、利益を損ない得る行為をしないこと。 一つ。互いに己に最も近しい者を人質として供出すること。 一つ。この和平条約に違反した場合、人質、並びに契約違反者は速やかに処断されること」 俺は条約を読み上げた。 このくらいの文面なら、一呼吸の間もあれば作成できる。 ――いくら二流だって、俺は編集者だ。ノートン卿の編集者。 勝ちもないが負けもない。 俺が確実に赤羽ハルより優っているところは、一つだけ思いつく。 相手と戦いたくないと思う気持ちだ。凶悪魔人どもとマトモに戦うなんて頭がおかしい。 「つまり、こいつはこういうことか?」 赤羽ハルは俺を睨んで呻いた。 「俺はお前を見逃さなきゃいけない。これで俺も運営本部襲撃犯の仲間入りだ」 「だろ? 仲良くやろうぜ、兄弟! あんたもこれでノートン卿の従者だ!」 俺は努めて明るく告げた。 赤羽ハルは俺を殺害したさそうな顔をしたが、それを口に出すことはない。 「まったく、泥棒の仲間入りかよ。 ……しかし……実のところ、悪くない選択かもしれない」 「そうだぜ、馬鹿馬鹿しい。 この大会に優勝するような魔人が、なんで運営の言うことを聞く必要があるんだ?」 俺は口からでまかせを吹聴した。 「本当にどんな願いも叶える手段がナニカあるのなら、 そいつを奪い取って一件落着だ!」 「賞金を奪い、願いを叶えるためのナニカも奪う。 俺の叶えたい願いは一つだけじゃない――そう――」 赤羽ハルは皮肉げに笑った。 「どうやら少し弱気になってたかもしれない。 あの人も、俺も、両方うまいことやれる方法が。もしかしたら――」 「その意気だぜ、兄弟! なっ。やる気でてきただろ!」 「それはともかく、俺はお前が嫌いだよ」 「うん、実は俺もだ」 俺は正直に回答した。 「赤羽の旦那。元の地点に戻ったら、何するか打ち合わせとく?」 「お前の考えそうなことは、想像がつく」 赤羽ハルはつまらなさそうに肩をすくめた。 「七葉樹の落葉を誘拐する。――どうせ、そのつもりだろ。 こうなった以上、徹底的に大会本部を揺さぶるべきだな」 「さすが」 俺は両手で赤羽ハルを指差した。 「で、旦那に頼みたいことは」 「わかってる」 赤羽はうるさそうに片手を振った。 「護衛の始末は俺が担当する。一瞬で全部殺る。 お前は七葉樹誘拐担当だ。しくじったらその時点で殺すぞ」 「できるもんならね」 俺はできるだけ意地悪く笑った。それは赤羽ハルの機嫌を明らかに害した。 「だったら、お前が勝ち上がったことにしろ。 運営は意地でも大会のカタチを続けようとするに決まってる。 次の『対戦相手』を引きつけて、せいぜい囮をやれ」 「わかってるって――じゃあ、その流れでいこう」 そして俺は最後に、さっきから一言も喋っていないやつに声をかけた。 「そろそろ機嫌直してくださいよ、ノートン卿。 うまくいったんだから。スネてもいいことないっすよ」 『黙れ』 『きみとは金輪際、口も聞きたくない』 「酷いじゃないですか」 『黙れ。和平など降伏も同じだ! 恥じて死ね!』 「落ち着いてくださいよ、お願いしますよ――」 ―――――――――――――――――――――――――――― その数分後、影の軍馬を駆り、二つのチンピラの影が大会運営本部から飛び出した。 片方の小脇には、ぐったりとした少女の小柄な体が抱えられていた。 赤羽ハル、相川ユキオ――行方不明。逃走中。 森田一郎――生死不明。 七葉樹落葉――誘拐。 このページのトップに戻る|トップページに戻る
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第一回戦【水族館】SSその3 ――この物語は、全てフィクションです―― 「ハァハァ……ハァハァ……ハァハァ」 全き青の世界に、煌めく泡がこぼれる。 頭上を悠々雄々と泳ぐ巨大サメが通り過ぎると、水底の砂地からチンアナゴが ピョロリと顔を出した。アナゴの一種で、細長い体が特徴的な、言ってしまえば 一本の触手のような形の魚である。 それを水槽の外から眺めながら、吐息を漏らし続ける女が一人。 自らのこめかみに銃口をグリグリと押しつけ、リボルバーを回しながら、 反対の手はスカートの中にもぐりこんでいる。涎が口元を伝う。 女は「この魚エロイ形してやがる」と思っているのだ。今日のオカズである。 そういえば名前もチンだ。 「ハァハァ……ハァハァ……ウッ」 細い肩がびくりと震えた。なんで喘ぎ方が男なんだろう。 場所は水族館の館内でもひときわ大きな大水槽の広間だ。とても人目につく。 こんなシーンを誰かが目撃してしまったとしたら、たまったものではないだろう。 例えばまだウブな犬耳の少年であるとか、常識ある検事の男であるとか。 「えっ」 「…………ほう」 遠く左の少年は赤面し、同じく距離を置く右の男は目を見開いてまじまじと見た。 三人の選手の会敵は、こうして最悪の形で成立してしまったのだ。 驚く二人に追い討ちするように、頭上から雷が落ちてショックを演出した。 これでは何の雷だかわかりゃしない。ひどい話もあったものだ。 「「!?」」 世界がひっくり返ったような衝撃とともに、二人の男は様々な事を理解した。 たとえば、この女――紅蓮寺工藤の頭がおかしい事であるとか。 + + + + + 突然出会った三人のうち、二人の男はそれぞれの思いのもと、すぐに身を隠した。 犬耳の少年、鎌瀬戌は思っていた。 驚きと戸惑いがあった。この世界が……全てフィクション、物語の上だって? バカバカしいと否定したくもなるが、妙な確信が消えてくれない。 これが確定した事実であると、何かが頭の中で訴えてくるのだ。 全て? どこまでだ? この試合が? 大会が? 核とウイルスが? ……自分が? 生い立ちが? 現実全て? 白の死は? 考えれば考えるほど深みにはまる気がした。少年は僅かに狂いつつあった。 一方で検事の男、内亜柄影法は思っていた。 淫乱のねーちゃんは美人だった。いいもん見た。それはいい。だが冗談じゃねえ。 貰う10億までフィクションでしたじゃ話にならん。運営のおっぱいに確認しねえと。 そしていきなりバッタリってえのも問題だ。三つ巴は漁夫の利に限る―― 彼はそう考えていた。これは予想外の展開だ。二人に潰し合って貰うまで、 なんとか身を潜めなければ。 そして開幕オナニーの女、紅蓮寺工藤は考えていた。 やべえ。おしっこもれそう。 他人に愛液を見られるのはアリな彼女だが、尿を見られるのはアウトである。 狂人にも独自のポリシーと羞恥心がある。これはご理解頂くしかない。 ……そこをなんとか。いたずらに股間を刺激したのもマズかった。 膀胱の状態をかんがみるに、どうやら、もって【8000字】のあたりまで といったところだろう。あまり字数が多くなっても読者に悪かろうし、 それがこの戦いのリミットというわけだ。 8000字に達するまでに決着をつけなくてはならない!! 【現在1297字】 本文中の字数カウントは字数に含む。改行やスペースは含まないものとする。 + + + + + いったん身をひるがえした鎌瀬戌は、身軽に素早く館内を駆け移動する。 次に彼が姿を現したのは、工藤の遥か頭上、巨大水槽の上であった。 飼育員がエサやり等をするための関係者スペースである。狭い足場と、水槽への入口。 短い間に、もう一人の男の姿は消えていた。女は動いていない。女の足元は震えている。 「シロ姉……大丈夫だ。俺は戦うよ」 決心はついたつもりだ。もとより、目の前の相手を倒すしかないのだ。 彼は鎖鎌を握った。同時に、チャラ、と首輪に繋がった鎖が鳴った。 「何をしたのか知らねーが……俺は、戦いで負けるとは思わないぞ」 戌のローブの袖から分銅が付いた鎖の先端がこぼれる。 彼はそれを遠心力でヒュン、ヒュンと二、三回転させた。 音に気付いた工藤が顔を上げる。だが遅い! 戌は鎖を手放した。分銅が飛ぶ。 「!! ……ヒヒヒ! きやがった」 工藤の首が不自然なほどギュン、と動き、頭部を狙う致命的な分銅を回避した。 だがそれでいい。戌は鎖をわずかに引く。鎖はカウボーイのロープのように 敏感に反応し、一瞬ピンと張ると、すぐに軌道を変えた。 鎖が工藤の拳銃を持った右腕を旋回するように三周すると、戌はもう一度手元を引く。 金属の輪が引き絞られ、工藤の片腕は容赦なくぎっちりと捕らえられた。 少年の細腕に似合わない強力な筋肉に、力が漲る。人工の獣人で、かつ魔人。 魔人化した動物の腕力は、通常の魔人を凌駕するという。その力が戌にもある。 知性ある獣、それが獣人である。 戌が鎖を強く引くと、締め上げられた工藤の右腕も引っぱられ、体ごと引き寄せられた。 力の差は明白で、体重をかけてもその場に踏ん張る事はできなかった。 「ヒヒヒヒ。おい緊縛プレイ。ヤメロって。オイ。ヒヒヒ!」 工藤はフリーな左手を下半身に持っていきかけて、やめた。何か悦んでいる。 戌も赤面しかけて、やめた。この狂人が何をしようが、惑わされるだけ無駄だ。 ドン、と目の前の巨大水槽に工藤の体が押し付けられる。 その水槽の上から戌はさらに力を篭める。工藤の身体はついに浮いた。 「おらっ……こっち来い!」 「オイ。ヒヒヒ、オイオイ。オイオイオイ」 ギャギャギャギャギャギャ!! 猛烈な勢いで水槽の壁面を登らされる工藤の体。彼女の口は笑っているが、 乱暴に引き摺られ、華やかなワンピースの、ひらひらしたスカートの裾は容赦なく 破けていく。両脚の数箇所に擦り傷も見え隠れする。 持ち上げられた水槽の上部で二人が再び対面する……直前、戌は左手で分銅鎖をキープ したまま、刺突針のついた鎖を右手に! 投擲。太い針が容赦なく工藤の左肩に刺さる。 狂人でも血は紅い。表情こそ変わらないが、ダメージがない筈はない。 ここまで、なすがままにされている工藤。何かする気はないのか? 戌にはわからない。だから、彼女が倒れるまで攻め続けるしかない。単純だ。 水槽の天井に工藤は、傷ついた片腕で這い出る。足をつく。踏み込む。駆け出す! 動いたか! 接近は許さない方が良い。戌は刺突針を引き抜き、再び構える。 「アーーーーー、やっと顔が見れたゼ。やっかいな顔だア。顔が綺麗だろ。 人気取れんだろ。ヒヒヒ。票が入っちまうだろ……生き残れなく、なっちまうだろ。 おれ人気ねえからよオー。な?」 票? ブツブツと、彼女はわけのわからない事を呟く。いや……今の戌には わかってしまう。だが気にするもんか。絶対に、気にしてやるもんか!! 遠心力を乗せた鎖を放つ。工藤の右脚にヒットする。血液が流れる。 だが彼女の足は止まらない! 距離が近づく! 「なッ……お前、痛くないのかよ……!」 工藤は戌に抱きつく形で飛び込み、その場にひざまずいた。戌が一瞬焦る。 ――何をされる!? 工藤が顔を上げる。戌と目が合う。痛みは、やはりあったという事なのか? 彼女の顔は、涙に塗れていた。 「お願い……もう、許して……」 「え」 ――戌には、それが演技だと、すぐにわかった。本当にわかった。唐突すぎる。 なのに、一瞬動きが止まってしまった。 いざ女性の生の涙を前にして、即座にぶん殴れる男は決して多くはあるまい。 少年は殴れない方だった。 だから、その一瞬が命とりになった。 工藤のコートの袖から、ピンポン玉大のカプセルがこぼれ落ちる。 彼女はすぐに跳び離れた。床にカプセルが落ちる。戌の鼻がひくつく。 強化された「犬の獣人」の嗅覚でなければ気付かなかったかもしれない。この臭いは。 ……爆薬!! 戌は一瞬の経過を待たず、その球体を蹴り飛ばした。 中空で、爆音。爆発の衝撃が隣の水槽の壁面に穴を空け、水と小魚が床に流れた。 (あぶねえ……あぶねえーーーーー!) ドッ、と動悸が激しくなるのを戌は感じた。危なかった。危なかった……! 「ヒヒヒヒヒヒ!! なんだよ! ひっかからねえでやんの! 惜しいなァー!」 「こッのやろう……!」 傷だらけの女は、心底楽しそうにパチンと指を鳴らして地団太を踏んだ。 戌はムキになって左手の鎖を引いた。工藤の右腕はまだ捕らえられている。 「お?」 「面倒臭え……もう終わりにしてやるよ!」 さらに戌は空いた右手で、もう一つの鎖を後方に投げた。あさっての方角だ。 目の前の工藤とは無関係な方向である。……工藤とは。 「終わりにする……全部だ。お前もな」 「げッ」 戌の目が少年とは思えぬほど鋭く、冷徹なものに変わった。鼻が少し動く。 そこには、柱の影に潜んでいた内亜柄影法がいた。ずっと隙を窺っていたのだ。 しかし戌の鼻の前には無駄な事であった。彼はずっと気付いていた。 「マジかよ……!」 鎖が、虚を突かれた影法の足に巻きつく。彼も腕力では戌に及ばない。 足を引かれた影法はその場に倒れた。こうなっては抵抗もできない。 「ヒヒッヒヒ! 何だそれ! ウケる」 「ハッ……確かにこりゃ、ウケるな」 工藤に笑われ自嘲する彼の言葉に反応し、刃が目の前に生成される。 『ロジカルエッジ』。しかし言葉が弱いか? これでは鎖は断てない。 工藤は腕を、影法は足を引かれ……二人は同じ箇所へ引き寄せられる。 巨大水槽の、エサやりのための入り口に。水中へ叩き落すつもりだ。 「冗談じゃねえぜ……おらよっ!」 せめてもの抵抗に、影法は言葉の刃を戌に向け投擲。しかし戌がわずかに身体を ずらすと、刃はローブだけを貫き、そこで止まった。戌は刃を気にも留めず、 鎖を引く手を緩めない。水中にさえ落とせば終わりだ。何しろ、彼の能力は――。 最後にひときわ強く腕を引くと、捕らわれた二人が水面に投げ出される音が響く。 鎖が解かれ、戌と二人との繋がりがなくなる。 戌は前方に跳び、水槽の真上の空間にわずかの間滞空。その瞬間に、切り札を切った。 『ヒ ト ヒ ニ ヒ ト カ ミ』 落雷のトリガーが引かれた。直下の水中に雷が満ちればどうなるか、子供でもわかる。 3……2……1……絶望の三秒が過ぎる。泳いでの脱出も間に合わないだろう。 水中の二人は負け惜しみの捨て台詞すら言うことができない。万事休すか! 時がスローで流れる。バリバリバリ、と光の奔流が出現する。 戌が犬歯をむきだして笑う。工藤が沈んでいく。影法は水面を見上げている。 攻撃的な光の束が落ちてくる。その先端が水槽入口に触れんとする。 直前、雷がVの字に跳ね上がる。 電撃が主のもとへ返る。戌が異変に気付く。目を見開く。遅い。 獣人といえど、雷よりも迅くはない。反応すら間に合わない。 「……な……ッ……!?」 バリバリバリバリバリ!!! 太い太い雷線の軌道が少年を貫いた。肌を焦げ付かせ、膝から崩れる。 ジャラリと、保持していた鎖の束が力ない金属音を奏でた。少年に既に意識はなかった。 【現在4394字】 + + + + + 「ざまァねえな兄ちゃん。……まあ、ヤバかったよ」 ざば、と水槽から上がりながら、影法が言った。すべては彼の企みであった。 戌は明らかに攻め急いでいた。完全にフィクションの呪縛から逃れられていた わけではなかったのだろう。不安と焦燥が彼をかき立てていた。そこに隙があった。 「ありゃア『自虐的な』刃だからな。さぞかし電導率も高かったろうよ」 影法が戌に投げた言葉の刃。直前に口にした言葉は「ウケる」。 攻撃を吸い寄せるように「受ける」事に特化したナイフ。それが避雷針となった。 恐るべきは影法の頭脳であろうか。工藤が「ウケる」と口にしてからコンマ数秒で 弾けるようにそこに思い至り、実行に移した。 スラムで噂になっていた「雷を呼ぶ少年」についても職業柄、彼は勉強済みであった。 いわゆるスラム、無法地帯というものが影法は好きではない。逮捕も頭にあった。 「よかったな淫乱のねーちゃん、さっきいいモン見せてくれた礼……オイ?」 影法は振り返って工藤に声をかけようとしたが、彼女はまだ上がってきていなかった。 いやむしろ、水底に向かって下降してはいないか? 流石に怪我が重かったか? ――工藤に意識はあった。彼女はむしろ望んで水底の砂地へ向かっていた。 しばらく、砂地からチンアナゴが顔を出すのを待った。スカートをめくって待った。 だが警戒したチンアナゴは出ないし、工藤は肺活量が限界に達したのでやがて戻った。 「ゼェッ、ゼェッ。……ヒ、ヒヒ、ゼェゼェ」 「おう。バカじゃねえの」 全身びしょ濡れ、肌に張り付いたワンピースの花柄模様を透けさせながら、 ところどころ、致命的な流血を滲ませるボロボロの工藤に、影法はそう声をかけた。 ――勝ったかな、こりゃあ。慢心もなく、普通に彼はそう思った。 + + + + + 小説「アンノウンエージェント」 《最新》第57話『Face Death』より 私立探偵エンドウはテコンドーの達人である。こと動体視力には定評があり、 あらゆる攻撃を見切り、無効化すると言われる。そしてカウンターの回し蹴りを 放つのだ。さしもの紅蓮寺工藤も、あっという間に壁際に追い詰められる。 エンドウはハッキングの達人である。工藤の潜むこの隠れ家の在り処も筒抜けであった ようだ。正面入り口を蹴り飛ばして現れた彼を止める手段は工藤になかった。 壁を背にする工藤の顔面真横に、ドン、と蹴り足が止まる。彼女はビクリと震えた。 「ヒヒッヒ、おい何だよ……ちょっとチビっちゃったじゃねえかよ」 「じっとしていろ。最後に一度だけ、情けをかけてやる」 エンドウは料理の達人である。なんと彼はここで、手早く親子丼を振舞った! プルプルの鶏肉とトロットロの卵で極上の食感が演出されており、味のバランスも完璧。 ただ濃厚なだけでなく、深みと、透明な後味。味の隅々まで行き届いた気配り。 これが探偵エンドウの腕前だ――! 「ヒ、ヒヒッ、なんだコレ、おい美味ッ、あッ、ヒヒヒヒヒ!」 工藤は泣きながら親子丼をかき込んだ。彼女は二、三痙攣した。腰にくる美味さだ。 それをエンドウは無感情な目で見下ろしていたが、完食を見届けると、口を開いた。 「……では、終わりにしよう。お前とは無駄に多く戯れすぎた」 「ヒヒ……ヒ?」 「仕方ないんだ。お前も十分遊んだろう。依頼人は――お前も殺せと言っている」 工藤はしばらく理解できず、いつもの空の銃口を自らのこめかみに当てた。 エンドウは気にせずに無慈悲な銃口を向けた。こちらは弾が入っている。 ギャラ……ギャラギャラ……ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラ 「ア? お前、何言って、おれが死ぬ? お前お前ンなコト、なあ」 ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギ ャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャ 工藤の焦りが表面化し、リボルバーを回す手がだんだんと動きを速めた。 眼は深く濁り、瞳は横長に膨張し、歯を食いしばる。全身が力んで震える。 「冗ッ談ッじゃ、おれは、おれはなあ、死ぬワケねえ、おれは、おれが」 彼女にもあったのだ。どんな怪我を負っても痛みを見せない狂人にも。死の恐怖が! 何の予備動作もなしに、工藤の体ががば、と動いた。 非人間的なその動きにエンドウの反応が一瞬遅れる。そして、そして―― ……BANG! BOMB! 交錯する二つの破壊音。 爆炎を背にエンドウは窓から飛び降りた。彼がアクションゲームの達人でなければ 今のは回避が遅れただろう。工藤の安否はわからない。 + + + + + そこまでを書き終えて、『彼女』はキーボードから手を離した。 エンドウは何だってできる。数年前の『彼女』の思い出のヒーローは、 今も脳内で美化され続けていた。 + + + + + 【現在6322字】 「殺す。お前を殺してやるよ」 内亜柄影法は言い切った。彼の前に刃が生成される。『殺意』の刃だ。 彼の持つ語彙で最強のナイフと言っていいだろう。相手は死ぬ。 この言葉が突き刺さるとき、容赦なく対象は絶命するのだ。 ナイフとしてはかなり重量があったが、彼のナイフ術でギリギリ扱える。 今の彼は、逃げる紅蓮寺工藤を追う立場だった。 水槽の上から、従業員用の細い通路へ。怪我をおして彼女は逃げた。 ナイフ術を主体とする影法と対するには、確かに距離が欲しかろう。自然だ。 「じゃあ、そろそろ決着つけようや――」 あの後、立ち上がり面と向かって、影法がそう告げた瞬間に工藤は駆け出した。 切り替えの早い事だ。追うと、彼女の呟きが影法にも聞こえてきた。 「死ぬ……死なねえ、おれは、おれはおれは、死ぬワケねえ。死ぬ」 もともと不安定な自我に致命的な怪我が加わり、ついに気でも触れたか。 だが彼女が死を恐れているらしいことは読み取れた。ならば、確実に勝つには これだろう。強い言葉は相手への威嚇にもなる。そうして影法は『死』を用意した。 「大丈夫だよな。試合が終われば死人でも元通りにしてくれるらしいしよ。 ……殺人にならねえよな? 今は口にするだけでも逮捕されっからな。 これくらいは許してくれよ」 試合の中継先にでも許しを請うようにボヤきながら、影法は追う先を見た。 床に、複数の球体が転がってくる。これは、先ほども見た――爆弾じゃねえか! 「うおわ! 危ねえ!!」 彼は慌てていくつかを蹴飛ばし、跳び離れて爆発圏外へ退いた。 バァン。バァンバァン。球体が爆ぜる。遠くの水槽や、目の前の床が破壊される。 「なるほど、簡単に近寄させちゃくれねえか……。ならよ」 彼は即座に一計を案じた。倒れた戌の側に屈みこみ、鎖の一本を拝借する。 そして先端に『殺す』ナイフを固く、くくりつけた。即席の鎖鎌。 ヒュンヒュンと、戌を見よう見まねで、手先で回して見せた。中々に器用だ。 「簡単にいかねえなら、ひと手間かけりゃあイイって話だよな」 爆発で穴の開いた床を飛び越え、距離を詰める。右脚が手負いの工藤はそこまで 遠くへは逃げられていない。影法も駆ける。鎖を振り回し、手放す。 ナイフが工藤へ向かう! 刃が届く直前で、工藤の足元で爆発が起きる。 爆風で鎖の軌道は逸れた。だが十分だ! 爆発の振動で工藤の足元もぐらつく。 その隙に、影法は一気に近づくことができた。鎖を手繰り寄せ、ナイフを握る。 直近から、影法は工藤の背中に『殺意』を、突き立てた。 「ジ・エンドだぜ淫乱ちゃん。オナニーの続きは帰ってから見してくれや」 返事はない。ある筈がない。 影法は息をつく。 「ヒ」 工藤が口を開く。 「ヒヒッ」 「何」 「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」 振り返って工藤は、ナイフを掴む影法の腕を確保した。 彼女は意味ありげに……ニヤァ、と深い笑みを浮かべた。工藤は言った。 「いいよなァ」 「……何がだよ」 「ここじゃあよ……強いも弱いも、美しいも醜いも、生も死も関係ねェんだからよ」 紅蓮寺工藤は……「アンノウンエージェント」作中では死を恐れた狂人は、 今や死に臨む事に、何も感じてはいなかった。なぜか? この世界がフィクションだからである。これが読まれる物語だからである。 死んでも、物語は残るからである。読まれる限り……彼女は死なないからである。 「ここにあんのは、『面白いかどうか』それだけなんだからよ! ヒヒヒ!」 そうだ。読む価値があれば。面白くありさえすれば。何も怖いことなんかない。 だから彼女に『殺す』の言葉は届かなかった。届かない言葉など、何の意味もない。 「殺意そのもの」のナイフで彼女を殺すことはできない。 影法もそれを悟り、諦観めいた笑みを工藤へ向けた。 「卑怯なヤツめ……てめえ死にたくない、みてえな事言ってたじゃねえか」 「ア? そっちが勝手にそう取ったんじゃねエの? ヒヒヒヒ!」 賢い人間の思考のほうが、読み易い。そういう事だ。 『受ける』ナイフを発想したのは影法だが、発言を提供したのは工藤だった。 『殺す』ナイフを作ったのは影法だが、そうさせたのは工藤の呟きだった。 彼女は意図して、影法の言葉を誘導していた。 ごりっ、と工藤は、影法の額にいつもの銃口を押し付けた。実弾はない。 引き金が引かれる。撃鉄がリボルバーを打つ。銃声がした。 火薬が炸裂する。火薬だけは、セットされていた。爆音の振動が影法の脳を揺らす。 工藤は振り返る。中空をにらみ、思い出したように虚空に尋ねる。 「アー……そういや、今、何字?」 【現在8193字】 「…………………………………………………………あっ」 工藤は下を向いた。下腹部に違和感を感じる。その時! ヒュルヒュルと鎖が飛来する。分銅のついた鎖だ。どこから? 先ほどまでの戦場、水槽の上から。ぼろぼろのローブの少年が這いつくばって…… 「シロ姉……シロ姉……!!」 分銅は正確に工藤の頭部を狙っている。工藤にももはや体力はない。反応すらできない。 少年も最後のあがきだ。彼の目に意識はなかった。ただ、愛した姉への、 行き場のない感情だけがあった。鎖が迫る。工藤の下腹部があつくなる。床が濡れる。 工藤が、足を滑らせる。 狙いがずれた分銅はついに工藤の頭部を打つことはなかった。戌は再び気を失った。 影法は昏倒している。そして足をもつれさせた工藤も床に倒れ、意識を手放した。 果たして誰が勝ったのか? 意識を失った時間を正確に計測すれば判定可能だろうか。 しかし、皆さんおわかりであろう。真に勝敗を決めるのはそんな些末な事ではない。 勝者を決めるのは、そう。画面の前にいる――。 【了】 このページのトップに戻る|トップページに戻る
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STV札幌テレビ放送 応援メッセージ http //www.stv.ne.jp/tv/24h/message/reading/index.html ■東風谷つくさなえ (東京都) 私は3年前、地元長野から遠いところへ引っ越しました。 そのとき両親はついてこないで、親戚の方お二人と一緒に今は生活しています。 引っ越してすぐはその土地のことがよくわからず、失礼なことをしてしまったり、常識を わきまえずに行動してしまいました。そのことで落ち込んだりもよくしましたが、そのと き支えてくれたのは、やはりその親戚の方たち、それと、今は会えないけど、見守って くれていると信じている両親です。 今では、すっかりその土地に慣れて、楽しく仕事しています。 いつも見守ってくれる親戚の方二人、それと両親、どちらにもたくさんの「ありがとう」を 伝えたいです。 ■修造 (東京都) 今年も本気になれば何でもできるという気持ちを持って頑張ってください! もっと熱くなれよ!! ■ゆとり@VIPPER (東京都) ついにこの季節がやってきましたね! いまも今年の24時間テレビはどうなるかワクワクが止まりません。 だからTVに出る皆様も最後まで頑張ってください。 それになんだか24時間テレビを観ていると勇気がわいてきます。 はるな愛さんも完走目指して頑張ってください!!!!! ■小清水亜美 (東京) 私は、仕事で絶対に許されないミスをしてしまい、ひどく落ち込んでいた所、友人のぺ さんに励ましてもらい。とても勇気が湧いてきました。ぺさん私の友人でいてくれてあ りがとう。これからも私の友人でいてください。 ■カギツメ (福島県) 私とお友達になってくれた皆さん、ありがとう。 馬鹿とけなしても最後まで付き合ってくれた番君、ありがとう。 私の誕生日を祝ってくれた皆、本当にありがとう… ■朝霧浅木 (岩手県) 私は東北の学生です。 私が「ありがとう」と言いたいのは、ポッピングが好きだった一人の女友達です。 コンテストで勝つ自信が無くて自棄になっていた私を叱咤激励してくれたお陰で、優 勝を飾り、主演の座を手に入れることが出来ました。 彼女が私を助けてくれたように、私も世の中の困っている人を助けたいと思っていま す。 最後にもう一度、ありがとう。 ■順 (栃木県) 感情の表現が上手く出来ない私を、貴方は嫌っていましたね。 しかし私は気づいています。貴方は嫌いつつも、私のいう事を聞いて付き合ってくれる ことを。 本当に有り難うございます。 貴方と二人で生きて行けるように、私も頑張ります。 ■Nの持ち主 (三重県) 先日、妹から婚約祝いとしてスカーフを貰いました。 一生大切にしたいと思います。 ありがとう・・・雪絵・・・ ■鬼柳京介 (宮崎県) 一時期、生きる気力を失った自分に会いに来てくれた仲間たちにありがとうと伝えた いです。 いつのたれ死んでもいい、それで満足するしかないじゃないかと思って荒れた生活を していた自分に、「そんなことでお前に満足されてたまるか」と叱咤激励してくれまし た。実は自分は2年前に些細な行き違いから彼らを逆恨みしていてそのあと彼らに会 ったときにもかなりひどいことを言ってしまいました。誤解は解けましたが全面的に悪 かったのは俺なのに、それでも俺のことを気にかけてくれていた仲間たちに感謝して います。 今俺は自分の住む町のために働いています。ハーモニカ演奏という趣味もできまし た。もう一度再会することができたら、彼らに自分の生き様を見せてあげたいです。 (東京都)私は3年前、地元長野から遠いところへ引っ越しました。 -- (東風谷つくさなえ) 2010-08-28 18 07 19 トン -- (名無しさん) 2010-08-28 18 07 42 勢いで作ったはいいけど文章を上手くコメントに残させるかが分からないや -- (名無しさん) 2010-08-28 18 08 59 VIPPER -- (名無しさん) {2010-08-28 18 18 55 名前 コメント すべてのコメントを見る
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裏準決勝戦【特急列車】SSその2 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『戦闘開始から1秒』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 24.特急列車 戦闘領域:列車から周囲30メートル以内 高速で走る長大な特急列車。食堂車や寝台車も備わっている。 無人で走行しており、運転席で列車の操作をすることは出来ないらしい。 ノンストップで走り続けるこの戦場からは振り落とされないように注意。 「確かにパンフレットにはそう書いてあったなああああああああ!!!!!!!」 『ノンストップで走り続けるこの戦場からは振り落とされないように注意。』 「だからってこの開始位置はおかしいだろおおおおおおおおおお!!!!!」 俺は、いや俺達三人は推定時速150キロで転がっていた。特急列車の屋根の上をだ。 転送と共に超高速でかっとぶ足場に着地したんだ、そりゃコケて列車後方へと転がる。 魔人特有の頑丈さで足首を傷めずには済んだがこれは不味い。 俺は検事故の回転の速い頭脳で残された時間を計算する。 特急列車が7両編成とする。 日本の列車は一両大体20mなのでこの特急列車の長さは20×7=140m 列車は俺の目測で時速150キロ、秒速に直すと150キロ÷3600≒42m 俺達の転送地点は先頭車両の運転室真上の屋根だったから140mをそのまま使い 140÷42≒3.3 つまり3秒ちょっとで俺達は最後尾から転がり落ち、その1秒後には列車から30m 離れて場外負けとなってしまう訳だ。 ここまでの暗算に2秒。近年は探偵の頭脳ばかり注目されてるが、そのライバルである 検事もこれぐらいは出来るんだぜ。ってやべええええええええ!! 「いや、実は大丈夫なんだけどな。俺には事前に準備したアレがあるし。 えっ、アレが何かって?フッフフ、じきに分かるさお前らにもなっ!」 事前に用意していたこの状況を打破できるものなんて存在しないが、 この『やけに引っかかる言葉』から大きめのフックを作り出し 6両目と7両目の連結部分の窪みに引っ掛ける。 何とか留まる事に成功した俺は後ろを振り返る。 どうやら列車が7両編成という計算上の仮定は正しかった様だ。 暗算が0.5秒遅れていたら俺は後ろに転がり落ちてしょっぱなから 脱落していただろう。 そして後方から誰も落ちる様子は見えず、この連結部にも俺しかいないって事はだ、 あの二人もさっきの状況に対応し俺よりも先に停止するのに成功した訳だ。 前方に目を凝らすと列車の真ん中の当たりに肉付きのいい女のシルエットが、 その奥、先頭の方にもう一つ女のシルエットが見えた。 「最初に留まるのに成功したのは聖槍院九鈴、次にゾルテリアで最後は俺か。 この位置は正直言って不利かもな。だが俺は逆境ほど燃えるタチなんでね!!」 俺は『燃える太刀』で連結部の屋根を大急ぎで焼き切りだす。 電車内部ならともかく、電車の外で最後尾なんて不利以外のなにものでもない。 連結部は薄く柔らかく作られているとはいえ、それでも人が抜けられる穴を作るのは 一苦労だ。だが、一刻も早く電車の中に入らないとならない。 いつ前の二人がこっちに飛び込んでくるか分かったもんじゃない。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『戦闘開始から9秒』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 表のトーナメントでは準備の差で敗北し、裏の一回戦では罠に偶然気づけた事で 勝利した。流石にこうなれば私も自分の能力が絶対有利じゃないという事に気づく。 このトーナメントに勝ち抜くには入念な準備と覚悟が必要。 今こうして列車の真ん中辺りの連結部位に留まれたのも、事前に『うぃきぺであ』 というもので戦闘フィールドについて調べ、外に出された場合を想定していたから。 「にしても、半端ないわね。あのトング女」 私がオッパイを連結箇所の窪みに引っ掛けるよりもずっと早く、あの女は靴を脱ぎ捨て 足の指に挟んだミニトングと両手のトングを使って僅かの時間で体勢を立て直した。 そして、最後尾でギリギリ助かってた彼が電車の中に入ろうと何やらギコギコと 武器をノコギリの様に使っているのをチラ見して、私も何とかして電車内に入った方が いいとか思ったけど方法が思いつかないでいた所、トング女こと聖槍院九鈴は 足のトングを上手いこと使って高速で走る列車の上を普通に走って来た。 「ちょ、もしかしてこの場所で闘うの!?」 「許せない。汚い言葉を物質化して散らす彼も、醜悪な外見で見るものの衛生を 損ねるであろう貴方も。これ以上のゴミ増産が行われる前に私が倒す」 「私の事は存在自体否定!?」 ムッカー、温厚な私もこれには流石に激怒ぷんぷん丸。 足場が不安定だろうとその喧嘩買ったるからね! 私は連結部の窪みにどっしりと構え彼女を迎え撃つ。 「さあ、アナタはどんな性技で私にダメージを与えるのかしら?」 「その予定は無い。というか、貴方には醜い本性を出さずに戦闘不能になってもらう」 「出来ると思ってるの?」 「無論」 様子見で繰り出したレイピアを避け聖槍院九鈴のトングが開き私の右肩を挟み込む。 やはり性属性からは遠い攻撃だ。 私はライトアーマーの肩パットを外してのトングからの脱出を試す。 だが、私が肩パットを外そうとするより先に九鈴のトングが肩パットだけを残して 私の右肩から離れた。そしてタフグリップが解除されたのだろう、 肩パットはトングによって私の後方に投げ捨てられる。 でも性技を使わないと言っておいて鎧を外す事に何の意味が? 「それでは、これより私の技が通じるか試させてもらう」 剥き出しの右肩に再びトングが向かう。 「でも、流石に油断しっぱなしじゃないのよ、私もね!」 何をするかは分からないが鎧を奪った箇所にトングが来る事は分かっていた。 私はその機動の下をくぐり抜けてトングを持つ腕に体重を乗せたフックを放つ。 「固っ!」 ごちーんと岩を殴った様な感触、ZTMが無ければ私の拳が砕けていただろう。 そして岩の様に硬かった九鈴の腕は折れても腫れてもいなくて、 動きに支障なく私の右肩を再度つかんでいた。ちくしょうwちくしょうw 「トング術はあらゆるゴミを拾い、離さず、分別し、そして捨てる。 その際に強化されるのはトングだけではない、トングの延長上の腕も」 「ふーん、でこっからどうするの。トングでの物理じゃあ私には効かないけれど、 …はっ、まさかこのまま私を持ち上げて場外に投げ捨てるつもりね!」 「それも考えた、けれどまずは」 九鈴の腕が右肩に固定されたトングをこねくり回すとバリッと音を立てて 私の右肩から何かが引き剥がされた!!右肩に纏っていた黒タイツと一緒に 引き剥がされたソレ、ソレは目には見えないが何かはすぐ分かった。 トングが離れた箇所のタイツが破れ、そこから見える部位に血が滲みズキズキと痛む。 物理攻撃を無効化し性ダメージに変えるはずの私の肉体がだ。 「そんな、私の身体を包む魔力膜をつかみ剥がしたというの!? 掃除人だなんて言ってアンタ本当は何者よ!!」 「聖槍院九鈴。トング道流派、聖槍院流の正統後継者。正真正銘の掃除人」 「アンタみたいな掃除人がいてたまるか!どう見てもレベル15以上の 錬金術師(アルケミスト)じゃない!」 私のいた世界では、メインジョブのレベル15はその分野において王として 崇められ無知なる民衆には神の所業と思わせられるレベルである。 ZTMを父から伝授された時、あの糞ブタ銭ゲバ変態オカマジジイはこう言っていた。 この術はレベル13相当の紋章性術師(スペルマ・スター)のスキルと 女騎士のジョブ特性を組み合わせて開発した、物理はもちろん、 性属性以外の術で破壊出来る術式ではないと。 そのZTMをこんな形で突破するなんて! 「全く、ファントムとかいう亜神級の呪いは飛び交うし、 医者は因果を逆転する奇跡を呼吸をする様に行うし、 光素とかいうのは高位精霊としか思えない存在だし、とんだファンタジー世界だわ!」 「なら今すぐギブアップして帰ればいい。貴方には回収されるべき場所がある」 「やっぱ私の事ゴミ扱いしてるっ!?でも、アンタと距離を取るって一点は賛成ね」 私は一歩下がり連結部から二両目の先端へと移る。 幸い、逃げる手段はもうすぐそこまで来ていた。 「って訳で、一時撤退!」 「逃がさない、貴方は私が」 九鈴がトングを持つ手を伸ばし捕まえようとするが、それよりも早く 私はその場で思いっきりジャンプ!迫ってくるトンネルの縁に頭からダイブ! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『戦闘開始から20秒』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 肩パットが飛んできた後に続いて本体が飛んできた。 何やら劣勢だったゾルテリアはトンネルに激突する事で特急列車の慣性から離脱し、 九鈴から撤退していた。よって、トンネルと共にケツが150キロで俺に迫る。 多分重さも150キロはありそうなケツは明らかに俺目掛けて降下。 ブレーキと俺への大ダメージを狙った上手い一手だなと感心してる場合じゃねえ! 「諦めんなよ!頑張れ頑張れば絶対出来る!頑張れば司法試験も合格出来るし 裁判で魔人を有罪にだって出来る!ネバーギブアップ!」 『燃える太刀』二本目を既に作った切れ込みに刺し、二刀で穴を押し広げる。 「間に合えっっっ!!!」 結論から言うと間に合わなかった。 連結部の穴は俺の顔面とゾルテリアのケツが連結した時の衝撃でようやく開通し、 俺達は二人揃って連ケツしながら連結部の狭い空間に転落する。 後頭部から床に落ちる、いてえ!続けざまにゾルテリアのケツが乗っかる、くせー! 「わお、ラッキースケベね坊や」 こんなのラッキースケベじゃねえ、それと坊や呼ばわりすんな。 俺はオッサン扱いもガキ扱いもされたくない微妙な年頃なんだよ。 そう反論したかったが口と鼻がケツで圧迫されて声が出せなかった。 おまけに両腕も体重が掛けられ動かせず、両足はある程度自由だが蹴りは届かない様に 絶妙な体勢でのしかかっている。流石は家庭持ちの数百歳。見事な寝技だ。 …あれ?ロジカル使えないし、ひょっとして俺って今詰んでる? 「そのまま話を聞いて、いつあのトング女が来るか分からないから手短に言うわ。 私と協力してあの女と戦ってくれない?賛成なら右足で床を鳴らして。 協力してくれないなら…」 ピッ ブビッ ブピピッ く、くせえーーーーーーーーーーーー!ゾルテリアのケツの割れ目から出る放屁が 俺の鼻にダイレクトアタックしてきたくせえー。 「今すぐ協力してくれないならこのまま10トン爆弾をお見舞いしちゃうわよ」 ブープスプススー そ、それは間違いなく大会最悪の敗因になってしまうじゃねえかくせえー! 同盟するかどうかはともかくせえー、俺は取り敢えずくせえー ブピピピピブモッ くせー一刻も早くこのくせー状態からくせー脱出するくせー為足で床を鳴らすくせー。 くせー直後くせー、くせーケツがどけられくせー俺はくせー自由くせーを取り戻した。 クサクナーイ。 「ぷはぁー。で、色々聞きたいがそもそも何で俺に共闘の話を?」 「その前に最後尾の車両に移りましょう。ここは話し合うには狭いから」 移動しながら俺は考える。 これまでの戦いを見てのイメージではゾルテリアは組むよりも組まれて 対策される側の存在だ。あのバリアーがある限り無策で突っ込んで一人で勝ち上がる。 斬り合いで劣勢だとはいえこんな話を振ってくるキャラじゃない。 罠か?だが俺をハメるメリットが無い。 あのまま尻で圧殺していれば少なくとも俺に対してはラッキースケベ勝利を得ていた。 「これよ」 ゾルテリアは怪我をした右肩を見せる。…おい、何で物理無効バリアー持ってる こいつがこんな怪我してるんだ。ああ、そうか。九鈴がこれをやったのか。 「トングでZTMを分別し、捨てられたわ。あのままやってたら右肩以外もやられて 削り殺されていたと思う。お願い、共闘してくれない?」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『戦闘開始から34秒』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 私の提案は彼にとって魅力的なものだろう。 さっき偶然が重なったとはいえ完封負け寸前になった彼にとって、 私との戦いの再開は避けたい所のはずだ。 表と裏の一回戦を見た感じ、様々な属性の武器を召喚する『けんじ』(剣士の亜種?) という職業に就いているようだが、私のZTMを破れる可能性は低そうだし 近距離戦闘では偽原や九鈴のレベルからは一段劣る。 私は単独では勝つ方法の見えない九鈴を排除する戦力を得られ、 彼は目の前の危機をスルーし、上手くすれば私と九鈴の共倒れも狙える。 彼は頭も悪く無さそうだし、きっとこの提案を受けてくれるはず。 「共闘ねえ…」 あれ?あんまり好感触じゃない模様。何が気に入らないのだろうか。 「何か問題でも?」 「二人であのやっかいなトングを退場させるのはいい。 それじゃあどうやってアレを倒すのか考えはあるのか?」 「ああ、そういう事ね。心配しないで、策はあるわ」 「ほう、聞かせてもらおう」 「アイツのトング攻撃は身体の前面からしか繰り出せないし、トングと トング術使用時の両腕以外の強度は並。よって片方がおとりになって もう一人が背中から斬りかかる!以上!」 「じゃあどうやって背後を取ればいい?」 「え、えーと座席の間かトイレに隠れて、もう一人と戦闘中に後ろからグサッって」 私はややしどろもどろになりながら答える。エルフの女騎士は基本ソロプレイの 戦闘員だから連携の策はこのぐらいしか思いつけない。 私は悪くない、ジョブ特性値の問題なのだ。父や夫ならいい考え浮かぶんだろうけど、 あいつらは女騎士がメインジョブじゃないから。ば、馬鹿じゃないんだからね。 ソロでの冒険知識や嘘を見抜く能力は高いんだからねっ! だが、ケンジさんは私の共闘案に納得いかなかった模様。 「そんなフワフワした考えじゃあ協力できねえな。 俺は魔人とアホが何よりも嫌いなんだよ」 反対の意見と共にズボンとパンツを一気に降ろし、ボロンとイチモツをさらけ出す。 私にとっては最大のダメージ倍率となる生男根。 それを出すって事は交渉は決裂したのか。 「やれやれ、あのトング女は私一人で」 「さっさと済ますぞ、掃除屋がここに乗り込む前にケリを付ける」 私の言葉が終わらぬ内に彼は言葉を被せてきた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『戦闘開始から2分7秒』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「思ったよりやるわね!」「てめえもな!」「この技はどうかしら?」 「うぐ!だがまだまだ!」「いやん!そこはだめぇ!」「ここがええのんか?」 「これで決めてやるわ!」「さあ来いっ!」 「「うおおおおおおおおおおおっっっ」」 『実況の佐倉光素です。裏トーナメント準決勝特急列車、激しいバトルの末に 内亜柄影法選手死亡!後はゾルテリア選手と聖槍院九鈴選手の一騎打ちです』 「ふうっ、間にあったか」 アナウンスの後、私は息を整えて聖槍院九鈴を待ちうける。 と、正にその時6両目と7両目の連結部の自動扉が開き、やっかいな敵が現れた。 さっきまで近くに気配は無かった。きっと私の開けた穴の近くで待機し、 決着のアナウンスを聞くや否や体力の回復する間を与えない為に下に降りてきた、 そういった所だろう。 「…その格好はどういうつもり」 私の見た目に突っ込む九鈴。無理も無い、最初に列車の上で戦った時と違って 私の顔は黒いタイツに覆われていた。てっぺんから見える金色の髪と 生乾きの血がこびりついた右肩以外すっぽりタイツに隠された姿を見ては 疑問を口にするのも仕方ない事だろう。だから私はこう答えてやった。 「今の私は貴方に負けたゾルテリアではないっ!私は黒タイツウーマン! そう、いわば第二形態みたいなものなのよ!私は天才、私は万才、 30…私は約20才」 「…バカじゃないの」 無表情でツッコミを入れる九鈴、うん、私だって馬鹿だとは思う。 だが、これも勝つためのステップの一つ。私はその場でくるくると回り歌い出す。 「前人未到の空前絶グォ~ 天下無双の針小棒ドァイ~ 驚天動地の五里霧ッチュ~ 我田引水自画自スワ~ン 青は藍より青く花より団子 とにかく無敵の 大・大・大・大・大・大・大・大・天・才~」 何度もその場で回転し、キリッとポーズを決める。 九鈴はさっさと終わらせて帰りたいという顔をしていた。 「死ぬ前の最後の言葉はそれでいいの?」 「この黒タイツウーマン、負けるつもりは微塵も無し! 準備運動は完了よ、さあいくわよっ」 私は奇乳とも言えるサイズの胸の谷間からレイピアを抜き放ち真っ直ぐに突く。 狙いは心臓!だが、レイピアの先端は簡単に、それこそゴミを拾うがごとく 黒いトングで摘ままれてしまう。 「あらま」 「それでは半端に終わったゴミ掃除を再開する。今度は逃がさない」 右手のトングでレイピアの先端を押さえたまま、左手のトングが私の着ている ライトアーマーと黒タイツを次々と剥がしていく。露わになる裸体、 手ごたえの無いZTM、落ちる胸の詰め物、飛び出すチンチン! 「いやーんみないでぇー、オカマッ」 「えっ、どういう…」 明らかに狼狽の色を浮かべる九鈴。 私は、いや、俺は好機と見て一気に策の仕上げに向かう。 「伸びろっ、レイピアー!」 『やたら間延びした歌』から生まれた伸縮機能を持つレイピアが俺の命令に反応して トングに摘ままれたまま伸び、先端が九鈴の胸をえぐる。 「うぐっ、な、内亜柄影法!死んだはずじゃあ」 「あの放送か?車内マイクを利用させてもらったのさ。それじゃあさよならだ」 九鈴の胸から本物のシルバーレイピアが生える。 俺の服を着たゾルテリアが背中から九鈴の心臓を貫いたのだ。 放送を信じていた九鈴は俺に化けたゾルテリアを死体と思いんだ結果、 背後からの攻撃を無防備で受け絶命した。 『実況の佐倉光素です。裏トーナメント準決勝特急列車、激しいバトルの末に 聖槍院九鈴選手死亡!後はゾルテリア選手と内亜柄影法選手の一騎打ちです』 本物のアナウンスが俺達と観戦者に九鈴の脱落を伝えた。 「終わったわね。にしても、良く思い付いたわね。こんな手段」 ゾルテリアの共闘案の後、ほぼ無策と言っていいゾルテリアの案に呆れ返った俺は 『被せる言葉』より生成したズラを出し、それを被りながら頭の良くない彼女にも 分かるように作戦を説明しながら必勝の策を作り上げていった。 この列車は運転は完全自動という説明がなされていた。 ならば運転以外の機能は俺達が利用しても問題無いという事だ。 最後尾の車掌室のマイクが利用できる事を確認すると、 俺達は激闘の叫びを上げながらお互いの服を交換していった。 はたから見たら間抜けそのものだが、九鈴に近づかれる可能性を少なくしつつ 入れ替わりを完了するには他に手段が無かった。 ちなみに黒タイツウーマンについてはゾルテリアのアイデアである。 「ところで、光素ちゃんや私の声マネ凄い似ていたわね。どうやったの?」 「おいおい俺は天才検事、それも声のスペシャリストだぜ? 探偵に出来る事なら俺にだってできるさ」 「…『けんじ』って剣士の上級職じゃなかったんだ」 もっとも、この偽アナウンス戦術を閃いたのはついこの間。 偽探偵こまねの遊園地での戦い方を見てからだけどな。 「それじゃあ、これで共闘は終わり。私達の戦いの続きをしましょう。 あ、その前に貴方の服返すわね」 「ああ」 ゾルテリアから渡された服を受け取り袖に手を通す。 胸周りが多少伸びている気がするが、トングを刺されて穴だらけのタイツより ずっとマシというものだ。などと考えていると、 「はい、ドーン!」 「うおっ!」 服を最後まで着る前に全裸のゾルテリアヒップアタックが俺にヒット。 そのまま揉み合って床に転倒し、俺の両腕はガッチリとロックされ、 顔面にはケツが押しつけられ言葉も発せられず僅かな隙間から 呼吸ができるのみの状態になってしまった。 「さあ、約束通りさっきの続きからよ!」 いや、確かに共闘前の体勢はこうだったけどさ。 「そして、私としてはギブアップをお勧めするわ。 言葉を戦闘の起点にしているアナタにはこの体勢からの逆転の手は無いはず。 さらに言えば全裸なせいで私は今お腹すっごいゴロゴロしてる!」 プスッ プー 尻からの放屁が始まった。くせー。耐えろ、そして考えろ俺。 天才検事の頭脳を持ってすればこっからの逆転の策はいくつも思い付けるはず。 ピプピー、ブブッブー 両手をどうにかして動かせばくせー、くそ、くせー、体重と技術の揃った見事な くせーロックと言わざるを得ない。ならば割と自由な足で相手を蹴りあげる!くせー 俺は足を畳みくせーゾルテリアのボディに膝を撃ち込み、し、しまった! 「はうう!そんな所蹴られると…らめぇぇぇ!!」 ブリブリブリー!ブリュブリュブリュブリュー! くせーくせーくせー土石流のごとくくせー下痢便が俺の顔にぶっかけられくせー くせーこうなったらくせーギブアップするしかくせーないのかくせーくせーくせー くせーあれ?この状態でくせーギブアップどうすればいいんだくせーくせー 右足でくせー床をくせー鳴らすくせーいやくせーこれはくせー共闘へのくせー同意 ブリブリブリブー!ゴボッ!ブチャラッティー! た くせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせー く す せーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせー くせー け くせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせー くせー て くせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせーくせー ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『戦闘開始から1時間37分42秒』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『たった今、内亜柄影法選手の失神が確認されました! よってエルフの元女騎士ゾルテリア選手の勝利とさせていただきます!』 ケツ・着! このページのトップに戻る|トップページに戻る
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第一回戦【硫酸風呂】SSその2 一回戦開始数分前。選手控え室。 蒼白のコートを着込み戦いへの準備を終えた儒楽第は、かつての仲間……否、家族のことを思い出していた。 彼が眺めているのは、所持を許された数少ない私物。ボロボロになった一枚の写真だ。 そこに写っているのは儒楽第と、十数名の男女達。 皆、彼にとってかけがえの無い、大切な人だった。 しかし彼らは既に、この世にはいない。一人残らず……ある男に、殺された。 確かに、彼らは悪だった。多くの者を搾取し、死に追いやった。直接手を下したことも、少なくは無かった。 だとしても、彼らは儒楽第の、かけがえの無い家族だった。 血よりも遥かに濃い繋がりをもった、家族だったのだ。 試合場へのゲートが開く。 儒楽第は写真をしまい、ゆっくりとした動作でゲートをくぐった。 ここから始まるのだ、奴への復讐の、第一歩が。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 同時刻、猪狩誠の控え室。 そこにはこれから試合に出場する猪狩誠と……もう一人。10歳前後の小さな少年がいた。 「ありがとなまさる。こんな遠くまで応援に来てくれてよ。」 彼の名はまさる。孤児院の皆からの代表で、ここまで応援に駆けつけてくれたのだ。 「ヘヘヘ……。他のみんなも来たがってたけど、園長が 『まさる、お前が行くのが、一番猪狩のためになるはずだ』って!」 まさるの邪気の無い声を聞いて、猪狩は思わず口元を歪めてしまう。 「そうか、園長が……。へへっ。中々味なことしてくれるじゃねえか。」 「がんばってね、誠兄ちゃん!怪我とかしないでね!」 まさるは猪狩を励まそうと、元気な声で言う。 しかし、それと対照的に、猪狩の顔は、僅かに暗くなっていた。 「誠兄ちゃん……?」 「……ああ、任せとけ!……って、言いたい所なんだけどな。 これから戦う相手は、すごく強いんだ。魔人の中でも特別といって良い。 怪我をしないどころか、もしかしたら……」 「誠兄ちゃんだって、すっごい強いよ!僕も、孤児院のみんなも知ってるよ!」 猪狩の弱気な声を掻き消すように、まさるが一層大きな声を出して、猪狩を励まそうとする。 「兄ちゃんだったら、相手がどんな奴だって勝てるよ!俺、信じてるから!」 「まさる……」 猪狩の大きな手が、まさるの頭をなでる。 「ごめんな、まさる。不安にさせちまったな。」 「……兄ちゃん…」 「でも、大丈夫。ちゃんと、勝つ方法も考えてあるから。」 「本当!?」 その言葉を聴いて、まさるの顔がパァッと明るくなる。 「ああ、ホントさ。でも……それにはまさるの協力もいるんだ。やってくれるか?」 「勿論!誠兄ちゃんの為だったら俺、何だってやるよ!」 殆ど間を置かず、まさるは答える。その声もその顔も、真剣そのものといった感じだ。 「ありがとう、まさる。お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!」 猪狩は実にうれしそうに笑いながら言った。その笑顔はひどく純粋で、それ故にひどく……恐ろしかった。 「ねえ、兄ちゃん。それで俺はなにを……」 なにをすればいいの?まさるはそう問いかけようとした。だが、 「が……っ!?」 まさるがそう問いかけるより先に。 「まさる、ありがとな。本当に。」 猪狩の拳が、まさるの鳩尾に突き刺さっていた。 まさるの口が空気を求めて、パクパクと動く。あまりの出来事に、彼には何が起こったかわからなかった。 そんなまさるの様子など気にも留めず、猪狩はまさるの顔面を殴りつける。 「ぶぁ……」 口内が切れ、血が飛び散る。歯が数本宙に舞う。まさるは自分でバランスを取る事ができなくなり、そのまま後に倒れこむ。 「すげえ。どんどん力が流れ込んでくらぁ。まさる、お前、本当に俺の事を思ってくれてたんだな!」 満面の笑みを浮かべながら、猪狩は馬乗りになり、まさるに拳を打ち込み続ける。 まさるは殆ど意識を失っており、抗う事はできなかった。 「安心してくれ、まさる。殺しまではしない。試合が終わったてすぐに手当てすれば、間に合うはずだからさ。」 まさるのかわいらしかった顔が見る影も無いほど無残になっていく。 …猪狩が殴るのをやめたころには、既に試合場へのゲートは開いていた。 「よし、それじゃ、行ってくる。まさる…お前の為にも、必ず勝ってくるからな。」 ボロボロになった家族を残し、猪狩は試合場へと転送されていった。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ぐにゃりと空間が捻じ曲がり、何も無かった柱の上に、一人の少年が姿を現す。 「なるほど……。説明は聞いてたけど、改めて見るとすげえな。」 猪狩の周りには大小さまざまな柱が立ててあり、 その下には、蒸気と音を立て、柱を溶かさんとする硫酸が、まるで湖のように広がっていた。 「ぐずぐずしちゃあ、いられないな。」 猪狩は対戦相手を探すために移動を開始する。 そもそも、この試合場では隠れる場所などほとんど存在しない。程なくして、儒楽第は見つかった。 「遅かったな……。ずいぶんと、待たせてくれたじゃねえか。不戦勝かと思っちまったぜ。」 試合場の中央付近にある、一際大きい柱。そこに、儒楽第は居た。 身長は一回りほど猪狩よりも小さいが、 その体つきから、肉体は彼より遥かに鍛え上げられている事が見て取れる。 「……勝たなきゃいけない理由があるんだ。俺は逃げたりなんかしない。」 猪狩は戦闘体勢を取りながら、儒楽第と同じ柱へと飛び移った。 同時に、儒楽第もゆっくりと構えを取る。 両者の間合いはおよそ10mほど。 猪狩はじりじりと、ゆっくりと間合いを詰める。儒楽第は、構えを取ったまま動かない。 ……この時既に、儒楽第は猪狩誠の実力をほぼ完全に把握していた。 達人が道着の来方を見て実力を察する、それと同じように。 この男は自分には遠く及ばない。そこそこに実力はあるようだが、それは一般の魔人と比べた時の話。 自分のような特化した魔人とは比べ物にならない。 初撃を躱し、急所に一撃を入れる。それでこの試合は終わる。 それが儒楽第の出した結論だった。 両者の距離が5mほどに縮まった所で、猪狩は間合いを詰めるのを止めた。 (来るか) 儒楽第は猪狩の動きを見切るため、精神を集中させる。 「行くぜ、まさる。俺に……力を貸してくれ。」 猪狩が一瞬だけ目を瞑り、呟く。 ……瞬間、猪狩の立っていた地面が爆発するように抉れ、儒楽第の目の前に猪狩誠が踏み込んでいた。 「――――――!!」 儒楽第は決して、油断していたわけではなかった。 勿論猪狩が強化系の能力者である事は考慮に入れていたし、 今までの経験から、それを踏まえたとしてもやはり、実力には差があるだろうと考えていたのだ。 通常の強化系能力では、ここまで劇的に身体能力が伸びる事はまずありえ無い。 絆の大きさが、そのまま力になる。これが猪狩の能力『All for one』の力だった。 「オォォォォォ!!」 猪狩の渾身の一撃が、儒楽第を襲う。 「チィッ!」 だが、そう簡単にやられる儒楽第では無い。すぐさま防御姿勢をとり、致命傷を避ける。 「……驚いたぜ。ここまで強力な強化能力者とは、初めて会った。」 ふき飛ばされ、口から血を吐きながら儒楽第は言った。 「まさか俺が、こんなガキに一発入れられるたぁ……思ってなかったぜ。」 「言っただろ。勝たなきゃいけない理由があるって。」 儒楽第がくつくつと、肩を揺らして笑う。 「そうか……。だが、負けられねえ理由があるのは、こっちも同じなんでな。」 彼の周囲の空気が、少しずつ、赤く色づいていく。 「そして残念だが。さっきの一撃で決められ無かった時点で……お前の負けだ。」 「ハァーッ!」 猪狩は勝負を決するため、儒楽第に向かってもう一撃叩き込もうとする。 儒楽第はもう、避けも守りもしなかった。 「な……!」 猪狩の放った一撃は、確かに儒楽第を捕らえたはずだった。しかし、 「なんだよ、これ……!」 「……言っただろ?負けられない理由があるってよぉ。」 その拳は、儒楽第にヒットする寸前、彼を覆う赤いオーラによって食い止められていた。 「オ……」 「オオオオオオオオオオオ!」 猪狩は先程より強く踏み込み、更にもう一撃放つ。 それでも駄目なら、もう一撃。一撃、一撃、もう一撃。 …しかし、何発叩き込んでも、その拳が儒楽第に届く事は無かった。 「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」 「諦めの悪い奴だ。何度やっても、無駄だってのによ。」 「……当たり前だ。俺の勝利を願ってる家族の為にも、俺は勝たなくちゃいけないんだ!」 家族。その言葉を聞いて、儒楽第がピクリと反応する。 「ハ……。家族のため、か。」 「何がおかしい!」 猪狩が儒楽第を睨み付ける。そこには、明らかな怒気が含まれていた。 「おかしくはねえさ。なにせ俺も、家族のために闘ってるんだからな。……もっとも、そいつらはもう死んでるが。」 「どういう、ことだ……?」 「復讐だよ。俺の家族は……森田一郎。あの男に殺された。」 猪狩は押し黙って、静かに儒楽第の話を聞いていた。 「このトーナメントを勝ち抜いて、俺はその機会を手に入れる。家族の無念を晴らすためにも」 「奴を、同じ目にあわせてやる。奴の大切なものを目の前で食い散らかして…その後でじっくりと、いたぶりながら。…奴の息の根を止めてやる。」 しばしの間、二人を静寂が包む。 その静寂を破ったのは、猪狩だった。 「……ってる」 「あん?」 「そんなの、間違ってる!」 理性ではなく、感情の赴くままに、言葉をぶつける。 「死んだ家族のため……?ふざけんな!死んだ家族が、そんなこと望んでると思うのかよ!」 「……てめえが、俺の家族を語るんじゃねえ。」 儒楽第が明らかに殺気がこもった声で言った。しかし、猪狩の言葉は止まらない。 「死んだ家族は、復讐なんて望んでいない。残された人に幸せになってほしいと、そう願ってるはずだ!」 真っ直ぐな目で、儒楽第を見つめる猪狩。 それに対して、侮蔑を込めた声で、はき捨てるような声で儒楽第は言う。 「……ハ。所詮てめえも、綺麗ごとしか言えねえ甘ちゃんか。」 「儒楽第。お前には、負けられない!ここでお前を、止めて見せる!」 「ほざけ!今のお前に、何ができる!」 儒楽第が致命的な打撃を加えるために、地面を蹴る。 それに答えるように猪狩は踏み込み……そして、そのまま儒楽第を飛び越えるように……飛んだ。 それを引き金にしたかのように、今まで二人が乗っていた柱が、音を立てて崩れ去る。 攻撃のために踏み込んでいた儒楽第は、それに対応する事ができない。 「……気付いていなかったのか。 俺はずっと、あんたにダメージを与えるために攻撃してたんじゃない。俺が攻撃していたのは、柱のほうだったんだ。」 空中で、儒楽第と猪狩の視線が交叉する。 そしてそのまま、儒楽第は硫酸の海へに、水しぶきを上げて落下した。 「やった…。まさる、園長、皆…。俺、勝ったぜ…!」 倒れこんで、勝利を噛み締める猪狩。だが、 「……で、誰が誰に勝ったって?」 それは直に、間違いだったと知る事になる。 「この…声は…!?」 猪狩は飛び起き、すぐさま周囲を確認する。 十メートルほど離れた柱の上。 折れた柱と共に硫酸の海に沈んだはずの儒楽第が、今まさに、柱の上に昇ってきていた。 先ほどとは違う点は一つだけ。彼の纏うオーラが、赤色から紫色に変色している事だけだ。 猪狩へと近づきながら、儒楽第は淡々と告げる。 「俺の能力は適応さえ出来てしまえば、どんな攻撃も防げる。……硫酸なら、俺を倒せると思ったのか?」 「なん…だと…!?」 「普通ならここで、降参していてもいい頃だが……。」 「クッ……!」 猪狩はキッと、儒楽第を睨み付ける。 「……まだ、諦めちゃいねえようだな。」 「諦めるわけ、無い。家族が俺に味方してくれる限り……俺は、負けない!」 儒楽第が、猪狩と同じ柱に飛び乗る。 「……また、家族の話か。」 「ウラアーッ!」 猪狩が拳を振り上げ、儒楽第に殴りかかろうとする。 しかしその直前、儒楽第が一瞬で間合いを詰め、猪狩の首をつかみ、片手で軽々と持ち上げた。 「う…ぐう…ッ!?」 「てめえの動きはもう分かった。もう、当たりもしねえよ、お前の攻撃は。」 必死にもがき、手を振り解こうとする猪狩だが、その動きすらも攻撃とみなされているのか、抜け出す事ができない。 「このまま殺すのは簡単だ。だが、てめえがそこまで家族に拘る理由に、興味がわいた。」 「何を…する気だ…!」 儒楽第が空いているほうの手で、猪狩の頭をつかむ。 「味あわせてもらうぜ。てめえの人生を……!」 卓越した共感覚によって、猪狩の頭から彼の過去が、思考が。儒楽第に向かって流れ込んでくる。 ……だがそれは、儒楽第が想像していたものとは、全く違うものだった。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 「まぁまぁ、いいじゃねえか。俺ら商店街とまこっちゃんは、家族みたいなもんだしよ!」 「じゃあ…ありがとうございました、おやっさん。また何かあったら、いつでも言ってください。」 『本当にありがたいよ、おっちゃん。これで俺の家族(リソース)がまた増えたんだから。』 「あはは。なんだ、マサさんも俺と同じ事思ってるんじゃないですか」 「かっ、勘違いすんじゃねえ!俺はおめえみたいな糞ガキの心配してんじゃねえんだよ。 ただ、試合でお前の身体に何かあったら、チビどもが…」 「ご心配ありがとうございます、マサさん。でも、ここまで来て後に引くわけには行きません。」 『なにせ、既に13人も家族(リソース)を失ってる。 ここで引いたら、あいつらの死が無駄になる。そんな事、俺にはできねえ!』 「なに水臭いこといってんだよ。俺たちは、家族だろ?そのくらい当然さ!」 『絆が強ければ強いほど俺の能力は強くなるんだ。その為だったら、このくらいの苦労は惜しくないさ!』 「……当たり前だ。俺の勝利を願ってる『死んでいった』家族の為にも、俺は勝たなくちゃいけないんだ!」 「死んだ家族は復讐なんて望んでいない。残された人に幸せになってほしいと、そう願ってるはずだ!」 『だから俺は……今まで殺してきた家族の為にも……絶対に幸せになって見せる!』 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * そこが、限界だった。 「ぐあああああああ!?」 今まで味わった事が無いほど、純粋で、混じり気の無い、それで居て不快な味。 その味に衝撃を受け、儒楽第は思わず、猪狩を掴んでいた手を離してしまう。 腐っている。この男は……根本から葉先まで、何から何まで……! 「この、外道め……!」 まだ体勢を整えきれていない猪狩の肩に、儒楽第の突きが叩き込まれる。 ゴキリ、という音と共に、猪狩の肩関節が外れる。 「うぐううううう!?」 儒楽第は同様に、他の四肢に打撃を叩き込み、猪狩の体の自由を奪う。 「……たとえてめえをここで殺しても、大会の蘇生能力者が、貴様を蘇らせちまうだろう。 だから、絶対に蘇生できないように、跡形も無く消し去ってやる。」 「クソ…ッ。俺は、負けるわけには…!」 首根っこを掴み、無造作に硫酸へと猪狩を投げ込む。 「…精々、苦しんで死ねや。この……ゲス野郎が。」 大きな音を立てて、猪狩の体は硫酸の海に沈んでいった。 (ちくしょう、体が動かねえ。俺は、ここまでか…園長、頼む。俺の代わりに子供たちを…) * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * (……いかん!) 会場から遠く離れた孤児院、どんぐりの家。 園長はそこで、儒楽第と猪狩の戦いを、テレビで観戦していた。 (まさるだけでは、不十分だったか……!儒楽第、まさかこれほどの手練とは!) まさるはこの孤児院でも、五指に入るほど猪狩に懐いていた。 それ故、園長はまさるならば、奴を殺すに足るだろうと会場まで送り届けたのだ。 (これ以上五本指を使うわけには行かん……。) (しかしそれ以下となると、この状況を打破するのには二人は要る…!) 迷っている暇は無い。園長は別室で大声を上げながら誠の応援をする子供たちから、二人を選んで声をかける。 「まゆ、めい……こちらに来なさい。大事な話がある」 怪訝な顔の二人の背中に手を回し、園長室の隠し戸から秘密の地下室へと連れて行く。 かつて選抜の際に、13人の子供が死んだ、その場所に。 (まっとれ!誠!すぐに力を届けてやるからな!それまで…なんとか、持ちこたえてくれ!) * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 硫酸の底に沈み、肌は焼けただれ、窒息する寸前だった猪狩は、自分の体に暖かい感覚が、流れのを感じた。 (これ…は…!) そしてだんだんと、感覚は強くなっていき、体から苦痛が消えていく。 『All for one』。 この感覚が、この力が、孤児院のまゆとめいによってもたらされた力が、自分を守ってくれている。 猪狩にはそれが、直感的に分かった。 (クソッ…!まさるだけじゃねえ…まゆと、めいまで……!) 猪狩の心に、怒りの炎が激しく燃え上がる。 彼の体に、かつて無いほど大きなエネルギーがわいてくる。 皮膚組織は凄まじい勢いで復元し、儒楽第に外された関節も、完全に回復している。 (儒楽第……お前のせいでまた、俺の大切な家族は……!) そして猪狩は決着をつけるため……凄まじい速さで泳ぎだし、硫酸の海から飛び出した。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 儒楽第は、驚愕に目を見開いた。 ありえない光景が、彼の目には写っていた。 つい先ほど、彼の手によって痛めつけられ、硫酸の海に沈んだ相手が。 ろくに身動きができないはずだったその相手が。 凄まじい水柱と共に、その中から飛び出してきたのだ。。 猪狩は狙っていたかのように、儒楽第と同じ柱の上に降り立った。 「てめえいったい、どうやって…!」 「……まゆはとても元気がいい女の子だった。」 動揺する儒楽第を無視して、猪狩は呟く。 「何時も明るく振舞って……孤児院のみんなを元気付けていた。」 猪狩の握り締めた拳から、血が滲む。 「めいは絵がとても上手だった……。 いつか本を書いて、自分たちと同じような子達に、夢を与えたいといっていた!」 猪狩が、儒楽第を睨み付ける。その目は完全に怒りの色に支配されている。 「い、一体、何を言ってやがるんだ、てめぇ…!」 「それを・・・それを、おまえがっ!お前のせいでー!」 彼は理性を失っていた。完全に、キレていた。 「ウオオオオオオオオオオオ!」 激情に身を任せ、猪狩は儒楽第に殴りかかる。 儒楽第も体術で応じようとするが、その速さは先ほどまでとは比べ物にならず、直撃を受けてしまう。 (こいつ……先ほどとはまるで別人……!) 「これは……まゆの分!」 儒楽第の顔面に、猪狩の右拳が叩き込まれる。 オーラのお陰で威力は落ちているが、先ほどと違い変色しているためか、 僅かながらダメージを受けてしまう。 「これは……めいの分!」 「ぐああ…ッ!」 ボディに拳が叩き込まれ、思わず苦悶の声を上げてしまう。 「これは……まさるの分!」 更にもう一撃、儒楽第の体に拳が叩き込まれる。その威力は先程よりも確かに重い。 「ぐほぉ…ッ!」 「これもまゆの分!」 「がああ……!」 ボディへのダメージで、体がくの字に曲がる。 「これもめいの分!」 「ぐああっ!」 下がった頭に、強烈な蹴りが叩き込まれる。 「これもまさるの分!」 「ごああああ!」 追い討ちをかけるかのように、顔面に一撃。 「まだまだ……3人の苦しみは……こんなもんじゃねえー!」 猪狩が叫ぶ。怒りに比例するかのように、攻撃の威力と速度は、加速度的に上昇していく。 「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「ぐああああ!」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「がああああ…!」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「が…ぐっ……!」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「うぐ……ああ…!」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「あ……うぐ………」 (殺さ……れる。) もう、儒楽第に戦意は無かった。 今彼の心を支配していたのは、恐怖。 かつて、巨大な組織の頂点に立ち、闇の一端を背負った男、儒楽第。 その儒楽第が、怯えていた。猪狩誠の、圧倒的な暴力によって。 しかし、戦意を失っていようと、猪狩は攻撃の手を緩めはしなかった。 そう、まだ試合は終わっていない。そうでないなら……徹底的に叩く。それだけの事だ。 「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「う……あ……」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「かっ…………」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「……っ……っ……!」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「や………やめ……」 「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」 「やめ…て…くれ…こう…さ…ん…だ…!たのむ…!」 猪狩の拳が、儒楽第の寸前でとまり、それと同時に、試合終了のブザーが鳴る。 儒楽第はそのまま、柱の上に倒れこむ。体力気力、共に限界だった。 対する猪狩は……先ほどまでの激昂が嘘のように、清々しい顔をしていた。 「おっさん。いい勝負だったな。これからは過去にとらわれず、自分のために人生を生きろよ。」 猪狩は倒れている儒楽第の手を無理やり握り締め、続けて言った。 「タイマン張ったらダチ。これでおっさんも……俺の家族だな!」 儒楽第は今まで自分の武器だった共感覚の存在を、初めて恨んだ。 猪狩の言葉には、偽りも欺瞞も無かった。本気でこいつは……儒楽第の事を…家族だと、思ってるのだ。 その感覚を最後に、儒楽第の意識は、暗い闇の中へ落ちていった。 このページのトップに戻る|トップページに戻る
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第二回戦【鍾乳洞】SSその1 579 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/18(土) 23 58 45.38 ID KK5lK8sS0 次、例のアキカンだぜ 580 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/19(日) 00 00 08.44 ID Nxy6w62R0 誰だよ「アキカンが出れるなら、俺でも出れた」とか言った奴wwwwww 581 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/19(日) 00 00 57.37 ID S7HpbsHi0 おいおい、あいつならマジでアキカン優勝ありえるんじゃねwwwwwwwwwww 582 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/19(日) 00 01 28.02 ID KK5lK8sS0 いや、一回戦は相手が迂闊だっただけだろ 俺ならアキカンとかワンパンだわ 掲示板を軽く眺めると彼は眼を擦りテレビを点ける。 第一回戦のあまりに予想外な展開の試合から 掲示板でのオーウェンの評価は一転した。 しかし彼にとってそれはさほど重要な物ではない。 彼は第一回戦のときと同じように オーウェンが勝つ事を確信しながらも それを確認する己に課した義務を開始した。 * * * * * * * * * * * * * * * * 「はい!それじゃ第二回戦の作戦会議を始めるよー!」 四つ目興信所の所有するパネルバンの中 一回戦と同じように山田達は作戦会議を始めようとしていた。 ます澄診が軽く咳払いをした後に早口で試合場の説明を行う 「取りあえず戦闘場所の鍾乳洞なんだけどここはA、B、C、Dの4つの広いエリアがあって ABCは放射線マークの葉っぱみたいな感じの並び方でその中心がDエリアって感じみたいね 北を上に見て、Aが上の葉っぱ、Bが左下の葉っぱ、Cが右下の葉っぱって感じ! 実際はもっと長めで歪な形だし各エリア同士も近いんだけどね! それぞれのエリアは別のエリアと細めの洞窟で繋がってるって感じ! 元々は観光用の施設として使われたりもしてたみたいでところどころ観光用の足場があったり 観光用の足場の周りは照明が多目についてたりするの。そしてところどころに 崖とかの高低差も結構あったりするみたいだから足元にキヲツケテネ! でも逆に相手を突き落とす作戦なんてのも良いかもね!」 澄診が一息つくと山田が片手に運営から渡された地図を持ち もう片方の手を少し上げて確認を行う 「えーと、俺のスタート地点がBで偽原がA、そしてオーウェンがCだね」 「Aエリアは崖等の高低差が激しい場所が多く、Bエリアは地面は比較的平坦だけど 鍾乳石が他のエリアに比べて沢山あるみたい。Cは鍾乳洞の出入り口があって 管理用の建物とかもここに幾つかあるようね、そしてDエリアの中央には 直径70m程の大きさの地底湖があって天井は2~3mくらいで他エリアに比べて低め あと天井から地面に繋がった鍾乳石が多数あってちょっとした迷路みたいになってるみたいね」 「ま、試合場の確認は一先ずはこんなもんでいつも通り試合の立ち回りとかは 一度対戦相手について確認してから考えるとしようか、澄診ちゃんお願い」 「よし、待ってました!」 澄診は嬉しそうに立ち上がり対戦相手の説明を開始する。 「まずオーウェンの方から、能力について! 自身を核兵器と化し、核爆発を引き起こす能力を持ってる! …んだけどまあ、その能力には使用するとアキカンになってしまう という制約があって既に能力を使用してるんだよね」 「核爆発を起こした事があるって事か…」 「まあそれはあんまり関係ないかな、この能力は アキカンになった後は使えないからね!」 「でも、それだけの事をする覚悟のある人間と言えるわね」 「まま!それよか重要なのはアキカンとしての能力を別に持ってるの!」 澄診がオーウェンの空き缶としての能力の説明を行う 「ふうん、一回戦では大量の空き缶を出して相手を驚かせて 頭上に隠れ潜んでアンブッシュって感じだったね 一見たいした事はできなさそうに思えるけど、ちょっとした事に 色々と応用が効きそうな能力だなあ」 「うん、じゃあオーウェンの経歴について説明しよっか!」 「確か元米軍のレンジャーだっけ?」 「詳しい事は穢璃ちゃんが調べてくれました!穢璃ちゃんどぞ!」 澄診が無駄にテンションを上げて拍手をすると 穢璃はオーウェンについて調査した資料を取り出し話を始める 「とはいっても実のところ彼についての情報は一部機密扱いを受けてるみたいで 精度の高い情報はあまり手に入れる事は出来なかったの、ごめんなさい」 穢璃は少し申し訳なさそうに言った。 「まあ、流石に米軍に対してハッキングとかする訳にもいきませんもんね 仕方ありませんよ、そんな謝らないでくださいよ!」 「すみません、ありがとうございます」 山田の励ましに穢璃は微笑みを返し、話を続けた。 「それで彼は米国陸軍の第75レンジャー連隊魔人部隊長をやっていて 数々の任務をこなしてきた正にプロの軍人と言ったところで―――」 穢璃はオーウェン・ハワードに関する様々な情報を 山田と澄診に伝える。 「成程ね…アキカンになったとはいえ元々が凄い軍人だったて訳か…」 「お、淀輝ちゃん弱気か?淀輝ちゃんだって元自衛官なんだからシャキッとせんかあ!」 澄診はそう言いながら山田の背中をバシバシと叩く 「いてて、やめてよ。いやほら俺は自衛隊時代はまあ実戦経験ない訳だしさ?」 そんな山田を見た穢璃が少し考え込むような素ぶりをし 山田に話しかける 「でも、山田さんは今まで強力な能力を持った凶悪な魔人犯罪者達を倒してきたでしょ 今回もその時と同じようにしっかり傾向と対策を練って油断さえしなければ 勝ち目はいくらでもあると私は思うわ」 「お、おお…!穢璃さんにそう言って貰ったらこれはガンバルしかないですね!」 「まあ取りあえずもう一人の対戦相手、偽原光義についてに移ろうか」 澄診は「こほん」と咳払いをして立ち上がり 再びその場を取り仕切り始めた 「えーと、こいつの能力は三秒以上映像を注視してる人間に対して 思念を飛ばすとその映像を世にもおぞましい見ただけで精神が崩壊して 生きる気力を根こそぎ奪ってしまう映画『ファントムルージュ』に 差し替えてしまうという能力ね、一回戦の対戦相手が突如 色情魔と化して精神崩壊してたのはこの能力が原因だったって訳ね!」 「ファントムルージュ?」 澄診の説明を聞いた山田は怪訝な顔をする 「ファントムルージュってあのファントムルージュか?」 「…そう、あのファントムルージュね」 「あのファントムルージュ?」 なんらかの意思を通じ合わせる澄診と山田に対して穢璃は良く分からずに聞き返す 「あー、穢璃さんはファントムルージュを観た事あります?」 「いえ、ないわ…というか観たら精神崩壊するんじゃないの?」 「うん、まあこの事については後で話そ!今大事なのは 映像を三秒以上注視した精神崩壊する映像を見せられるって事よ! そしてこの映像についてだけど何もテレビの画面とかに限らずに 鏡に映った映像なんかも含まれるから注意してね!」 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ザ・キングオブトワイライトの出場者の為に用意された会場近くのホテルの一室 偽原光義は部屋の電気を消しひたすらテレビに映る画面をじっと見ていた 「知世……すみれ…………」 口にくわえていたタバコを灰皿に押し付け ゆっくり煙を吐き試合の事を考え始めた 「相手は元軍人、そして元自衛官……」 そう呟くと偽原は僅かに口元を歪ませた 「ククク………なんだか似たような物同士の組み合わせだな…」 「まあいい…相手がなんであろうと俺は この絶望に包まれた世界の真実を教えてやるだけだ…」 愛用のナイフやスマートフォン、そして 第二回戦の為に予め用意していた道具を手にすると ファントムルージュの流れるテレビをそのままにし試合場へ向かった。 ――――――――――――――――――――――――― 鍾乳洞のBエリア、山田は灰色の野戦服に身を包み 一回戦で使用した物と同じショットガンを背負い 二脚付きの汎用機関銃を地面に設置し、その横で腰を下ろしていた。 山田は今回の戦いでは待ちの戦法に出る事にした あまり性分的に敵を待つの好きではないのだが 今回の対戦相手は両者ともに銃器の扱いに長けた人物であり 特に元レンジャーのオーウェンは罠にも精通していると思われる。 そんな奴らが相手でしかも場所が鍾乳洞となれば いくら相手を500m先に察知できる山田といえど 迂闊に自分が動くのは危険と判断し機関銃を設置し ひたすら相手が動くのを待つ作戦にでたのだ。 そしてそのまま試合開始から10分程経過した 「ああ、これ生中継で観戦してる奴はつまんないだろうね まあ、もしかしたら残り二人は遠くで戦ってる可能性もあるけど」 と、山田がそんな事を呟いていると山田は2時の方向に 赤い小さな点が見える事に気づく 対戦相手であるオーウェン・ハワードが 山田の能力範囲内に入ってきたのだ 「あー、的が小さい方から来ちゃったか」 山田は特殊能力によりオーウェンを視認すると 機関銃をそちらに向けて構え、発砲を開始する。 ダガダガダガダッガッ!ダガダガ!ダッガダダダッ! 先程まで静寂に包まれていた鍾乳洞に機関銃の放つ爆音が鳴り響く! 「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」 薄暗い鍾乳洞がマズルフラッシュと曳光弾によって照らされる! ダッガダガダダ!ダガダガダガ!ガガダガダガッ! しかし山田の視界に映る小さな赤点は左右に素早く動き 時には小さく跳ねながら確実に山田の方へと近づいてくる。 「的が小さいとは言え、殆ど怯む様子も無く素早い動きで 遮蔽物間を移動するなんて、流石は陸軍の魔人レンジャーだねえ!畜生!」 機関銃の弾を撃ち尽くした山田は素早くマガジンを取りかえる。 その隙をついてオーウェンは驚異的スピードで山田の居る方向へ一直線に駆ける! 二人の距離が200mを切ったところで山田はリロードを完了させ 再び機関銃の射撃を再開する。 ダガダガッ! ダガガガダガッ! ダダダガガッ! 相変わらず小さな赤点は素早く動き着実に山田へと近づきつつある 山田はオーウェンとの距離が100mに到達したところで 前方にスモークグレネードを放り投げ、機関銃の折り畳み式のストックを 広げて抱え上げ立ち上がり機関銃を肩撃ちの状態で構える。 射撃精度は落ちてしまうが、オーウェンが一回戦で何らかの毒物が仕込まれたであろう パームピストルを使用していた事を考えると、ここまで距離を縮められたならば こちらも何時でも動ける状態になっておかなければ相手の攻撃を受けてしまう。 ダガガガッ! ダガダダッ! ダダダ! 山田は少し後ろに下がりながら煙幕越しにオーウェンを射撃する。 オーウェンは不規則に動き回り続ける 「うっわぁああ!全っ然!当たんないよチクショウ!」 山田は煙幕が消えぬうちに再び機関銃のマガジンを交換する。 これが機関銃の最後のマガジンだ。そして再び射撃! ダガガガダガガダッガ! ダガガッ! ダッダガガ! オーウェンは80m程の距離を保ち動き回り続ける。 山田はオーウェンの動きに若干の変異があった事に気付く オーウェンは徐々に山田から見て左の方向へと移動しつつあるのだ 恐らく煙幕を避け回り込むつもりなのだろう。当然の対策だ。 それに対して山田は煙幕の中へと入り射撃を続ける。 能力により山田はオーウェンの姿を一方的に確認できる! ダガダガッ! ダガダンッ! ダガガッ! オーウェンは銃弾の飛んでくる方向から 煙幕の中心部付近に山田が居ると想定し若干距離を縮めつつも 徐々に山田から見て左の方へと回り込もうと移動し続ける。 やがて徐々に煙幕が消え始める。 相変わらず山田は機関銃を射撃し、オーウェンも徐々に左へ回り込む動きをする。 そしてオーウェンが山田から見てAエリア方面の正反対方向、 方角にして西南西に位置した時山田はオーウェンの方向に銃を向けたまま 構えを腰だめ撃ちにかえ射撃しながらDエリアの方向へとやや速足で向かい始めた。 それに合わせてオーウェンも距離を離されないように 山田の後退に合わせて動き回りつつもジリジリと近づこうとし 尚且つ時折山田の目前に空き缶を召喚し山田の気を散らし 山田の背後に空き缶を召喚する事で山田が空き缶に躓くよう仕向ける。 (アルミ缶の中に時折スチールを混ぜる事により、転びやすくしてある) しかしオーウェンの能力使用を想定していた山田は それらを慎重に足で払いのけながら射撃と後退を続ける。 しかし山田は突如背中に妙な違和感を感じる。 背負ったショットガンが何かにぶつかったのだ すばやく背後を確認するが一見そこには何も無いように見えるが そこがオーウェンが一度移動を行った場所である事に気付くと それがオーウェンがしかけた罠である事を瞬時に判断する (まさか相手はこんな物を持ってきてたのか…!) そこには単分子ワイヤーが張られていたのだ もし迂闊に走ってこれにぶつかったりしたならば 肉を確実に裂かれていただろう。 無論、単分子ワイヤーといえどただ張っただけでは 余程の勢いでぶつからない限り骨を断たれると言った程の切断力は無い しかしもしこれが運悪く頸動脈等を切り裂いてしまえば ダメージは相当なものとなるであろうし 小さな傷を負うだけだったとしても戦闘中に移動を妨げられ その上にダメージを受ければ大きな隙が生まれるだろう。 ほぼ視認不可能である事が精神的プレッシャーを生む。 オーウェンは素早く動きながら自分が遮蔽物として利用した 鍾乳石と鍾乳石の間にひたすら単分子ワイヤーをしかけていたのだ 山田は姿勢を低くし罠をやり過ごし、同じ物が他に近くに無いか確認しながら 機関銃の射撃を続ける。さっきの罠に気を取られていたせいで かなりの接近を許してしまっていた。 (同じ罠があるとヤバイかもしれないけど…多分こっちの方向には これ以上しかける余裕が無かったはず…ここはやるしかない…) オーウェンに向けて機関銃の残りの弾を撃ち切ると山田は 背負っていたショットガンを素早く構えオーウェンに向けて 一発発射する。そして素早く身体を反対方向へ向けると 前方に跳躍しながら身体を右から左にへと大きく振り出した そして着地と同時に再び大きく跳躍!今度は身体を左から右に大きく振る。 (あれはストレイフ走法…メカ!) ストレイフ走法とは 1996年に米国の物理学者アイディ・ストレイフ博士が考案した独自の走法であり 跳躍しながら身体を大きく左、右と交互に振る事により 筋肉の伸縮と慣性を利用した爆発的スピードを得る事ができる走法。 実際にこの走法で加速を得るためには強靭な肉体と訓練が必要であり 尚且つ慣性を殺さずに加速を得る事が出来たたとしても、 肉体を正確に制御できなければコントロールを失い慣性により あらぬ方向にすっ飛んで行きかねない危険な走法でもある。 本来、鍾乳洞の様な障害物が多く足場の不安定な場所での移動には あまり適した走法とは言えないがオーウェンとの距離を取る為に 山田はどうしても突発爆速跳躍的速度が必要であり この走法こそが現在の山田の持つ最も高速な移動方なのだ とにかく彼は精神を研ぎ澄まし、跳躍ごとに次の足場を確認し 慣性のコントロール限界に若干余裕ができる程度のスピードで 身体を捻る様に振り回し超速跳躍を続ける。 僅かにでも躓いてしまえば壁や鍾乳石に激突するか もしくは奈落の底へと真っ逆さまだ! ちなみにこの走法は人体の絶妙な重心バランスと 筋肉の脈動が生み出した奇跡の走法であるためアキカンには使えない。 しかし、アキカンの体躯でありながら陸軍レンジャーの身体能力を持つ オーウェン・ハワードは山田がストレイフ走法を始めた一瞬はかなりの距離を離されたものの その後はほぼ同じ距離を維持したまま山田を追い続ける (クソっ!せめて中央エリアまではなんとか辿り着かないと) (やはりその速度は長くはもたないようだメカな) 当然ながら慣性を生かし続ける為に常に跳躍しなければ いけないこの走法は体力を大いに消耗する。 そして先程も申したように、鍾乳洞でこの跳躍を続けるのは 相当な集中力を要し、精神の消耗も凄まじい! 山田とオーウェンの距離は現在130m程を維持している。 もしこの状態で距離が100m以内にまで縮まればオーウェンは能力を使用し 山田の前方や足元に空き缶を召喚し山田の跳躍の妨害を行うだろう 先程はただ慎重に足を運べば良かっただけだが 高速移動中の今の山田にとってはたった一個の空き缶が命取りになりかねない。 山田はそのままの速度を維持しBエリアから中央エリアへの細道へと侵入する。 これが最後の難関である!細い通路の壁や天井にぶつからず、それでいて 尚且つオーウェンに追いつかれないよう出来る得る限りの速度を維持する! それが如何に困難な事であるか! 精神と体力の消耗、そしてコントロール調整の為に山田は少しずつだが 速度を落としていく、それによりオーウェンと山田の距離も徐々に縮まる。 129m……128m……126m… 124m……121m……115m……109m!! その時!山田は跳躍と同時に身体を左に180°回転させ 両手に抱えたショットガンを二連射した! 「それで私を倒せると思ったメカ?」 オーウェンは山田が身体を反転させているのを見た瞬間 銃撃を予測し余裕の表情で1m程の高さに跳躍し 身体を斜めに傾け、更に全身を高速回転させていた! 散弾の一部がオーウェンにぶつかる! しかし散弾の飛来する方向に対して 最も装甲が厚くなるよう角度調整し、さらに全身を 高速回転させたエネルギーにより散弾を弾いた! これは戦車戦において、傾斜装甲を生かす事の出来る 1時半、4時半、7時半、10時半の方向を敵に向けて戦う戦法 『食事時の角度』の応用だ! (詳しく知りたい者はドイツの戦車教本『ティーガーフィーベル』を参照せよ!) 「うわっ狭い通路ならいけると思ったのに!」 山田は後ろを向いたまま一度着地し 再び身体を左に180°回転させながら跳躍! 勢いをほぼ生かしたまま更に回転の力を加速に用い前進! 通路を抜けて山田はDエリアに到達した。 ――――――――――――――――――――――――― オーウェンと山田の追いかけっこはDエリア到達後も 引き続き行われていたがに少しその様相を変えていた 山田は湖の近くの少し大きめの鍾乳石が密集する地点で それらの鍾乳石に隠れつつショットガンでけん制する それに対してオーウェンは飛び跳ね攻撃をかわしたり 先程と同じように散弾を弾きながら山田の周りに 単分子ワイヤーのトラップ張り巡らせじわじわと追い詰める。 このままではショットガンの弾をじわじわ消耗し 罠を張られている山田の方が不利だろう しかしそこで異変が起こった 「なんだお前達もうドンパチやってんのか…」 二人丁度中間地点から見て湖を挟んだ反対側の 迷路状になった鍾乳石の壁の奥から偽原が現れたのだ 二人は漁夫の利を狙った偽原の攻撃を警戒しながらも 戦闘を続ける。しかし偽原は次の瞬間とてつもない行動に出た 湖へとダイヴしたのだ! 「え?」 「メカ?」 山田とオーウェンはその状況に一瞬困惑するが両者共に お互いの様子に注意を払いつつすぐさま、湖へ飛び込んだ偽原を 確認しようとする。そしてオーウェンは水面に 妙な点がある事に気付く、水面がキラキラと妙に光を反射している… のは別段妙な事では無い、何故なら湖を照らす照明が多数設置されてるからだ では何故、多数の照明で湖が照らされているのか… それはも別段妙なことではない。 この鍾乳洞は元々観光用の施設として使われていたのだ この湖の傍にも立て札が立てられ、この地底湖に関する伝承や うんちく等が書かれている事からそういうライトアップなのだろう。 では何が妙なのか? それは水面に妙に大きな白い四角い物体が映っているのだ、 その物体は天井に張り付けてあり、更に赤字で文字が書かれているようだ 湖に映った状態で正常に読めると言う事は元は鏡文字だったのだろう オーウェンはその文字を読み上げる 「緋色の…幻…影……!?」 オーウェンがそれが偽原の仕掛けた罠であると気付いた時には 既にオーウェンは『それ』すなわち、水面に映された『映像』を 3秒以上注視していた。そう、偽原の能力の効果条件を満たしてしまったのだ! 「メカァ、メカァアア!!」 ファントムルージュを見てしまったオーウェンは悶え苦しむ!! 「うぎゃらららぐぁああなんなんなんだぁこれうわああああ!!」 そしてオーウェンが苦しみだしたその直後に少し離れた場所からも悲鳴が! 山田がもがき苦しみながらよろよろ歩く そして今一度湖を覗きこもうとして湖に落ちた! 「ぼごぼごが!ばぐぼぼぼぼごばば!ごぐぶぶぼぼぼぼば!」 湖に落ち、溺れゆく山田を確認しながら偽原は湖から上がり びしょ濡れの上着を脱いで呟いた。 「まさか二人同時にこうもあっさりひっかかってくれるとはな」 偽原はそう言いながらポケットに入れたタバコを取り出す。 しかし湖に飛び込んだせいですっかりしけってしまった事に気付くと 煩わしいといった表情をした後タバコを投げ捨てその場を後にした。 ――――――――――――――――――――――――― 「知世、すみれ……俺は…俺が間違っているのか…?」 試合終了から3時間後 偽原光義は試合会場から遥か離れた関西の地、伊丹空港に居た。 そして飛行機から降りるや否や一心不乱にタクシー乗り場へと走り 運転手を急かし自分が住んでいたアパートを目指した。 試合中のある出来事が心に引っ掛かり どうしてもそれを確認する為にアパートへと 戻らずにはいられなかったのだ。 そしてタクシーの中で偽原は何度もノートPCや スマートフォンを確認するが自分の探している物が見つからず焦っていた。 やがてタクシーがアパートの前に着くと偽原は 運転手に適当に掴んだ紙幣を全て渡し逃げ出すかのようにタクシーを降りた。 渡した料金は本来の5倍近い額だったが今の偽原にとってそんな事はどうでもよかった。 「俺は…お前たちに一体何を…俺が全て悪いのか……?俺がみたものは…?」 アパートの自室に着くなり偽原は扉を蹴破るかのような勢いで開ける――― 「こ、これは……一体…どういう事だ…!?」 そこにあったのは真っ黒な画面を表示させた ごく普通の何の変哲もないテレビだった。 ――――――――――――――――――――――――― 話は三時間ほど前に遡る。 「全く、ポイ捨てなんてマナーが悪いですよ」 偽原はその声を聞くと自分の身に何が起きたのかを理解した 自分の背後に立つこの男、山田に両手両足を撃たれたのだ そして山田は素早く偽原に近づくと背中を蹴り 前のめりに倒れさせ両手に手錠を嵌め 背中に細い杭のような刃物を突き刺した 「ぐぅ…! な、何故だ…!?」 湖の底に沈んだと思われた男、山田は 嬉しそうににんまりと、したり顔をしてみせた 「ははっ俺の演技、中々良かったと思いません?」 そう言いながら山田は先程、偽原の背中に 突き刺した刃物を足で思いっきり押し込む 「うぐぁうっっ!!」 「警察関係者でしたら知ってますよね?対魔人用の道具の一つ 『電磁思考抑制杭』の事を」 『電磁思考抑制杭』とは特殊な合金でつくられ 先端に電気パルスを発する装置を埋め込まれた杭状の刃物であり これを魔人の脊椎(胸椎が最も望ましいとされる)に差し込むとその魔人は 自分の認識に対しての自信を著しく失い、他人に認識を強制する為の力が弱くなる。 (個人差はあるが基本的に魔人能力そのものが弱体化する事は 殆ど無く、魔人能力の発動が極めて難しい状態になる) また他人の話を受け入れたり影響を受けやすい状態になる。 取り扱いには『第一種対魔人拘束具使用資格』が必要。 「くっ…なんだ……お前は、俺を洗脳でもするつもりか…? 一体何の目的があるのかは知らんが…俺はその程度の道具には屈さんぞ」 「ああ、ちょっと待って下さい!違うんですよ、ちょっと話したい事があるです! それでちょっと能力を使われると怖いから念の為に打ち込んだだけですって!」 「話したい事だと?」 「そうそう!そうなんですよ!っていうかあれですね 気になりません?何であなたの能力が俺に効かなかったのか」 「ふん、どうせ事前に能力を事前に知っていて 湖に映った映像を見なかっただけなんだろう?」 「いやー違いますよ」 山田はニヤニヤしながら答えた 「実は俺、ファントムルージュを観た事があるんですよね」 「ふざけるな!!あれを見て正常で居られる人間なんて居るはずがない!!」 山田はやれやれと言った様子で話を続ける 「あの映画は確かに絶望的なものでした…俺も観たその日は頭痛が治まりませんでした。 でもですね、ただの漫画原作の映画でそこまで人が絶望するわけないでしょう? いやまあ、確かにそんだけの作品を作る事は不可能ではないかもしんないですけど、 特に魔人が能力でそういった映画を作るなんて話は想像に難くないですね あなたから言わせれば魔人がテロの為に作った作品なんでしたっけ」 山田はそこまで語ったところで悪寒を感じ固唾を飲んだ。 嘗て澄診から聞かされた【ML】と呼ばれる、とても素晴らしい作品でありながら 全てを知ると発狂してしまう映像作品の話を思い出したのだ。 「でもですね、仮にそこまでの映画が作られたとしても 関西だけで人気漫画原作の映画が公開されたなんて変な話だと思いませんか? 俺の知ってるファントムルージュ・クライシスってのはこれなんですね」 そう言って山田は懐から一枚の新聞の切り抜きを偽原に渡す 「なんだ…『お手柄!イケメンオットセイが事件を解決』………?」 「『関東にてファントムルージュという言葉をうめきながら倒れる人々が突如急増 これを当時希望崎学園に居合わせたイケメンオットセイと3人の魔人が解決』なんだこれは…」 「事件の顛末についての詳細はこれに書いてありますよ 割と長いんで今はとりあえずざっと見て、後で時間があるときにでも読んでくださいね」 そう言いながら山田はホチキスで止められた数枚の紙を渡す http //dngdice.rosx.net/log166.html 偽原はその紙をパラパラと捲りざっと目を通す 「馬鹿な…ふざけるのもいい加減にしろ!あれはこんな生ぬるい物じゃない!」 「…あなたは、ファントムルージュ・クライシスまでは何のお仕事をしてましたっけ?」 「魔人公安だがそれがなんだ」 「魔人公安…ふんふん、つまりアナタはその時も自分が魔人だったと… では一つお尋ねしますけど、あなたの魔人能力ってなんだったんですか?」 「それは……それは………それは…?」 「実は試合の前にあなたについて色々調べさせてもらいましてね それによるとあなたが所属していたのは魔人公安ではなく刑事部、 それも魔人刑事部ではなく普通の刑事部という事になってるんですよねー。」 「刑事部……?」 「そして正義感が強く様々な事件に首を突っ込み真摯に取り組み 持ち前の捜査力とナイフ捌きにより見事に事件を次々解決!」 そう言いながら山田はナイフを素早く振り回してから フェイシングの真似事をしてみせる 「やや強引ながらも素晴らしい仕事ぶりを見せ『魔人公安に匹敵する』 『非魔人の真野五郎』なんて呼ばれ目まぐるしい活躍を遂げるエリート刑事だったとか!」 「魔人公安に……匹敵…?…エリート刑事………?な、何を…」 偽原の身体中から汗が滲み出し、呼吸が荒くなっていく 出血の影響もあるだろうが山田の言葉に動揺しているのは明らかであった 「ま、ぶっちゃけるとあなたの奥さんだった知世さんも 娘のすみれさんも実は今も生きてるんですよね」 偽原の心の中で何かが崩れ去る 「確かに二人ともあなたと一緒にファントムルージュを観る約束をして あなただけが仕事で観れなかった。それは真実なんです。 無論ファントムルージュが酷い作品で二人が絶望したっていうのも真実です。 しかしだからと言って二人は触手やモヒカンザコに襲われた訳では無かった ファントムルージュの力はそこまで凶悪ではなかった」 「しかし当時幼かったすみれさんは絶望のあまり道頓堀からその身を投げ出した」 「あ……あ…ああああ!!」 偽原の中で崩れ去った何かが別の形へと変容していく 「すみれさんは救助活動により一命を取り留めたものの意識不明の重体となった なんでも一応生命活動に支障こそないけれど今でも目を覚まさないとか…」 「そんな…ウソだ……俺は…真の絶望を観たんだ……」 「その後あなたはすみれさんの事で自分を必要以上に責め、知世さんとも離婚した」 「そして…」 「これは憶測に過ぎないんですが、あなたの様々な絶望や自分の責任を認めたくない気持ちと それを認め自分は罰せられなければいけないという気持ちが混ざりあい 自分を絶望させ、他人を絶望させ、世界を絶望させる幻影を見せる能力に目覚めた…」 「う、ああ、あ、うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!」 偽原の絶叫が木霊し、絶望が偽原の精神を蝕む それは偽原の記憶にあるどんな絶望よりも大きく現実的であった 「まあ、その後どうするかはあなた次第ですね、俺としては一応 現実と向き合い直して真っ当な道を進む事をお勧めしますけど」 そう言いながら山田は偽原の首を ナイフで切りつけ偽原の絶望に仮初の終りを与えた ――――――――――――――――――――――――― 「ファントムルージュを見た事があるから能力が効かないなんて あんな嘘をついたのは説得の効果を上げるため?」 兎賀笈穢璃は試合を終え戻ってきた山田にタオルを渡しながら尋ねた 「お、ありがとう、まーそんな所だねー」 そう、山田が偽原の能力を受けなかったのは決して山田に ファントムルージュへの耐性があった訳ではない 山田は映像を見なかった、ただそれだけなのだ オーウェンは一回戦の偽原の戦いと偽原の経歴を調査する事により 偽原の能力が映像を注視した人間にファントムルージュの幻影を見せる事により 発狂させ、生きる気力を完全に奪う能力である事を予測していた。 しかしそれが水面に映った映像にも有効である事に気付いたのは 偽原の能力効果条件を満たしてしまった直後であった それに対して澄診の能力により偽原の能力を完全に把握していた山田達は 中央の湖付近で戦闘を行えばやがて偽原がなんらかの方法で 湖を注視させて能力を使う事を予測していた その為、山田は偽原が湖に飛び込んだ瞬間からずっと目を瞑っていた 山田の能力はありとあらゆる物を透過して 魔人を見る事が出来る例えそれが自分の瞼であろうと 能力によって常にオーウェンと偽原のみを注視しながら 山田は偽原の能力にかかった振りをして湖入り溺れた振りをしたのだ (もし水中で偽原が襲い掛かってきた場合はナイフでの迎撃を予定していた) 「ま、その辺について他にも理由があるんだけどとりあえず休憩したいな」 ――――――――――――――――――――――――― 試合後、ホテルに戻った偽原が見たものは 電源が入ったまま何も映さないテレビだった DVDプレイヤーを確認すると狂気じみた文字で 「ファントムルージュ」と書かれたDVDが入っている 押収して手に入れた海賊版DVDを焼いたものだ しかしDVDを再生する事ができない。 一度ノートPCに入れて確認したが確かにデータは あるはずなのだがどうやっても再生できない。 それはノートPCやスマートフォンに 入れていた動画データも同じであった。 そしてそれから三時間後、関西のアパートに戻った偽原は テレビを確認した。ホテルのテレビと同じで電源は入った状態であり 入力モードはDVDになっており本来であれば DVDの映像が流れているはずだった しかしそのテレビに接続されたDVDプレイヤーは ディスクトレイの内側から無理矢理力を加えたかのように破壊されており そのすぐ傍には空のDVDケースが開いた状態で置かれていた 偽原には分からなくなった 今までの自分の人生のうち、何が真実で何が幻影だったのかを このページのトップに戻る|トップページに戻る
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裏決勝戦【旧東京駅】SSその1 【遠藤終赤の見解】 こまね様と拙の推理が正しいならば。 ――世界を崩壊させた殺人犯は、聖槍院九鈴です。 ◆◆◆◆ 【聖槍院九鈴の見解】 わたしのせいだ。 ごめんね父さん。ごめんね母さん。ごめんね九郎。 わたしが、兵器というゴミを掃除できなかったから。 わたしが、核を落としたんだ。 わたしが、父さんと母さんを殺したんだ。 わたしが、ウィルスというゴミを掃除できなかったから。 わたしが、新黒死病を撒き散らしたんだ。 わたしが、九郎を殺したんだ。 ぜんぶわたしのせいなの。 みんなわたしが悪いの。 ごめんね。ごめんね。本当にごめんね。 だから。 そうじしなくちゃ。セカイををキレイにしなくちゃ。 そうじを。そうじを。そうじをそうじをそうじをそうじそうじそうじそうじ…… ◆◆◆◆ ザ・キングオブトワイライト 裏トーナメント 決勝戦 ◆◆◆◆ 聖槍院九鈴の殺人・真相編 ◆◆◆◆ 仮設シャッターで封鎖されていた階段から地下に潜ると、広々とした空間に出る。 ここで、ようやく遠藤終赤は分厚い防護服を脱ぐことができた。 脳細胞の色にも似たグレイの羽織袴が姿を現す。 終赤は袂から探偵帽を取り出し、目深にかぶる。 爆心地に程近く、高濃度汚染区域の直中に遺棄された“旧”東京駅。 だが、閉鎖された地下空間の放射線量はただちに人体に害が出る程ではない。 ゆえに、防護服に妨げられることなく戦闘することが可能だ。 『銀の鈴にて待つ』 簡潔にそう書かれた果し状を、終赤は受け取っていた。 無人の広々とした地下通路の中、八重洲(やえす)方面に歩を進める。 所々壊れて点かない蛍光灯があるものの、通路は明るく寒々とした光に包まれていた。 暫し後、終赤の視界が銀色の巨大な鈴と、床にモップを掛ける九鈴の姿を捉えた。 ガシャガシャガシャガシャリ。 終赤の周りから金属音が響き、四本の矢が飛び来たる。 九鈴が能力《タフグリップ》によってトング固定して物陰に仕込んだ弩(いしゆみ)。 それらが一斉に遠隔解除され、終赤を狙って放たれたのだ。 「ヤアーッ!」 罠の種別と配置は既に推理済み。 終赤は小さく跳ねて回し蹴りを一閃させ、四本の矢を同時に凪ぎ払った。 鋭い瞳で九鈴を見据えたまま静かに着地。 ふわりと広がった袴が、一拍遅れて元通りの形に戻る。 探偵捜査の礎は、証拠と証言を集めて回るための脚である。 厳しい『脚力増強修練』によって鍛え上げられた探偵の脚力は、常人の三倍を誇る。 終赤は蹴撃力に特化した探偵ではない。 だが、20米突(メートル)先の犯人を蹴球(サッカーボール)で現行犯殺害する程度の脚力は備えている。 ◆◆◆◆ 「かんしゃをします。よく来てくれました。――聖槍院流トング道、聖槍院九鈴です」 まるでそこだけ被爆前のように、いや、被爆前以上に綺麗に磨かれたコンコース。 九鈴は葡萄色の袴についた埃を軽く払い、深々とした一礼で終赤を迎えた。 「趣を凝らした歓迎、傷み入ります。――遠下村塾、極右・探偵遠藤終赤です」 探偵帽をとって胸の前に当て、礼を返す。 終赤は、仕掛けてあった罠への皮肉を言葉にしてしまったことを悔やむ。 ――拙はやはりまだ未熟者だ。 「ここはわたしの――」 九鈴は穏やかな笑みを浮かべながら説明した。 「亡き父と母の思い出の場所なのです。 若かりし頃、逢い引きのためによくここを使っていたそうです。 私の名前、九鈴の『鈴』はこの鈴から戴いたんですよ」 そう言って九鈴は、砕け散ったガラスケースに鎮座する銀色の鈴に、そっと掌を添えた。 「亡くなった御両親に勝利を捧げたい――というわけですね」 終赤はかぶり直した探偵帽の鍔を指先でつまみ、やや伏し目がちに言った。 これから終赤が九鈴に与えようとしているのは、敗北よりも残酷な『解決編』なのだ。 「おどろきました。 戦いの中で徐々に伏線を張り、アリバイを潰し、推理を重ねるのが探偵の流儀のはず。 正面切っての真剣勝負に応じていただけるとは思ってませんでしたよ」 九鈴は率直な疑問を口にした。 「貴方は唯の『対戦相手』ではないということです」 答える終赤の鋭い瞳には、推理の光が桜色に輝いていた。 「――お話ししたいことがあります。場所を変えませんか」 「けっこうですよ。此処でお話しください」 九鈴は肩の力を抜き、終赤に先を促した。 ただし、半身に構えた体勢は直ぐにでも戦闘に入れる緊張感を失ってはいない。 「九鈴様は長野にお住まいだったと存じております。 昨年の冬より、長野周辺で不法投棄業者の失踪事件が相次いて起きました。 お聞きになったことはありますでしょうか」 終赤は単刀直入に切り出した。 「はつみみですね」 九鈴は表情を変えずに答える。 「そうでしょう。それらの事件を知る者は少ないのです。 違法行為を働く不逞の輩であり、捜索願い等は出されておりませぬ故。 そして、拙の推理では――彼等は既に死んでいる」 「こわいおなはし。その口調だと……犯人の目星も、ついているのですか」 「――九鈴様は、ゴミを憎んでいる。ゴミを不法投棄する連中もさぞ憎いでしょう」 「それではまるで――。私に動機があるみたいに聞こえますね」 「昨年の11月7日、12月4日そして今年の1月26日の夜。九鈴様は何処に居ましたか?」 終赤は手元の付箋に記されたメモを見ながら聞いた。 多くの失踪事件のうち、終赤とこまねが日付を確定できたのがこの3件だ。 「おぼえてません。たぶん自宅に独りで居たと思います。 ――その時にはもう、弟も親族も全て亡くなっていましたから」 「そう。核によって九鈴様は御両親を失い、新黒死病によって弟殿も失いました。 そして、ゴミを憎む気持ちは、一際強くなっていったのです」 「そのとおりです。だから私はゴミを一掃するため、この大会に参加した」 九鈴は腰に差したふた振りのトングをすらりと抜き放ち、低く構えた。 「行方不明となった者たちは、粉々に解体され山中に撒かれました」 死体消失のトリックも、既に看破済み。 そして、終赤は犯人を特定するための言葉を重ねる。 「人体を解体するのはかなり困難なことですから、特殊な道具も必要になります。 人里離れた山中に、殺人のための凶器と解体のための道具を持ち込むのは難しい。 だからと言って自動車を使えば人目に付く。 しかし、殺害にも解体にも兼用できる道具がひとつだけあります。 それは――トングです」 終赤の指先に、推理エネルギーが集中してゆく。 「犯人はあなただッ!」 終赤の指が九鈴を指し示し、指先から桜色の光が迸る。 必殺の推理光線『一ツ勝』だ! 九鈴は上体を仰け反らせ、辛うじて推理光線の直撃を避ける。 頬を掠めた光線の熱が、一筋の赤黒い熱傷を刻み込む。 「……しょうこはあるの?」 反動で上体を起こしながら、九鈴はトングを突き出し終赤の羽織を掴まんとする。 終赤は姿勢を低くして回避。探偵帽のすぐ傍でトングの歯がガチリと空を噛む。 「トングを鑑識に!」 終赤の三倍脚力による足払いが綺麗に磨かれた床を這って襲い掛かる。 小さく跳躍し蹴撃を飛び越える九鈴。葡萄色の袴と、白い道着の袖が翻る。 「被害者のDNAが検出されるはずです!」 空中の九鈴を狙い、ふたたび『一ツ勝』が放たれる。 左手に持った銀色のトングが推理光線を弾いた。 対探偵戦仕様の鏡面仕上げ特殊トングだ。 推理を高めることで射出される推理光線のエネルギーは真実、すなわち『情報』である。 古典的物理学では『真実は一つ』つまり、情報の伝達速度は無限大と考えられていた。 しかし、相対性理論によって、情報の伝播は光速によって制限されることが明かされた。 ゆえに『一ツ勝』の速度も光速である。 光速の推理光線の軌道を『見て避ける』ことは理論的に不可能。 だが、達人であれば発動モーションを見切ることで対処することが可能なのだ。 ――これは、通常の『対戦相手』との戦闘における推理光線への対抗理論である。 光線の対象が『犯人』、それも『連続殺人犯』であった場合はその限りではない。 いかに予備動作を見切ろうとも、『探偵』と『犯人』の関係性においては意味がない。 『真犯人』に対する推理光線の命中率は十割。必中である。 それが、二度も連続で凌がれた。 これは終赤の推理に、なんらかの瑕疵が潜んでいることを示している。 床を『スマート・ポスト・イット』で剥がして作った盾でトングを防ぎながら検証する。 山中の連続殺人。凶器はトング。動機はゴミへの憎悪。アリバイなし。 やはり全てが九鈴の犯行を示している。 推理光線の出力からも、それが真実であることに疑いはない。 それならば、より大きな枠組みで見落としていることがあるのではないか。 そして、終赤はある可能性に思い至った。 「――自首されたのですね。相手は恐らく――魔人警官、雨竜院雨弓様!」 してやられた。 既に自首済みとあれば『本格(パズラー)』の探偵が解くべき謎はもはや存在しない。 そこからは『警察』や『法廷』あるいは『社会派』の領域だ。 なんたる不様な推理ミスであろうか。 終赤は高く跳躍して天井を掴み、天井全体を引き剥がして九鈴の上に落とす。 薄く剥がされた天井は、天に向けたトングの一突きで容易く破られた。 もとよりこの天井落としは本筋を隠すためのミス・ディレクションに過ぎない。 九鈴の視界を遮った一瞬で、終赤は姿を消した。 解決編をしくじった挙句に逃げ出すとは探偵としてあるまじき恥辱! だが、終赤は自ら迷宮入りすることで『本格』の領域に舞台を戻す必要があったのだ。 ◆◆◆◆ カツ、カツ、カツ。 床をトングで叩き、反響によって探索を行う九鈴。 すぐに床の厚みが不自然に薄くなっている箇所を発見し、トングで突き破る。 床の裏側には、終赤が開けた穴が隠されていた。 床面を『スマート・ポスト・イット』で剥がして薄くし蹴り破ったのだ。 剥がした部分を貼り直すことで床面は元に戻る。 終赤の能力ならではの脱出トリックである。 九鈴が床下に降りると、そこは電気室だった。 ロッカールームのように電気盤が立ち並び、ブゥンと低い唸りをあげている。 床を数度トングで叩き、周囲の状況を確認する。 ひとまず終赤は距離を取ることを優先し、罠を仕掛けてはいないようだ。 床に積もった埃には、多数の真新しい足跡が残されていた。 大会スタッフが試合会場設営のために電力の再供給作業を行ったのだろう。 つぶさに床の足跡を見た九鈴は、その中から終赤の足跡を見出した。 足跡は素直に出口の扉へ向かい、室外に出て行ったようだ。 固く施錠されていたはずの重い金属扉は、九鈴が押すと簡単に開いた。 終赤が錠の周囲を付箋化して強度を下げた上で破壊開錠していたのだ。 錠前破りも探偵の基本技能。 廃偵令で身分を失ったために、卑しいピッキング強盗に身を落とした探偵も多い。 扉の外は地下鉄への連絡通路。 東西に延びる通路の、両方向の天井がポスト・イット破壊されている。 終赤が東西いずれに逃げたのか、容易には判らない。 九鈴は崩れ落ちて瓦礫と化して床面に散乱している天井の様子を慎重に観察する。 終赤は西方向、東京メトロ丸ノ内線へと向かったと九鈴は判断した。 僅かなゴミ状態の差異を見極める鋭い清掃者眼力! いや、恐らくそれだけではないだろう。 終赤は完全な逃亡を果たすことを望んでいるわけではないのだ。 天井破壊によるミス・ディレクションは推理が整うまでの時間稼ぎに過ぎない。 巧みなトリックで隠蔽された本筋も、注意深い思考によって見破ることが可能な構成。 それが『本格』のフェアプレイである。 丸ノ内線に向かう通路は、ショッピングモールとなっていた。 被爆した際に商品もそのままに遺棄されたため、盗難によって荒らされている。 終赤の移動痕跡は一旦ブティックへと立ち寄っているようだ。 変装衣装でも調達したのだろうか。 通路を抜けた九鈴は地下鉄ホームへの階段を下ってゆく。 階段の途中の壁にピンク色の付箋が一枚、貼られてるのを九鈴は見つけた。 付箋には走り書きで、九鈴へのメッセージがしたためられていた。 『九鈴様へ。銀の鈴での決着を拒否してしまい申し訳ない。 あのまま戦えば拙の負けだったでしょう。 最も深い迷宮にてお待ちしております。――終赤』 終赤の足取りは地下鉄ホームから線路軌道上に降りている。 電車――九鈴は嫌なことを思い出したが、すぐに頭を振って気持ちを切り替えた。 みなさんもTONGUのことは忘れてあげてください。 駅構内の電源は復旧しているが、まさか電車は来ないだろう。 念のため、九鈴は持ち手が絶縁された検電トングで第三軌条(電源レール)を改める。 走行用電力の供給はないことを確認。 自走式車両が来る可能性は否定できないが、少なくとも通常車両が来ることはない。 ふと壁面を見ると、あきらかに不自然な出っ張りがあったので、九鈴は剥がしてみる。 付箋化されていた壁は簡単に剥がれ、中から巨大なオカダンゴムシが襲ってきた。 放射線の影響で体長1.2米突に巨大化している! ワラジムシ亜目は、甲殻類の中で唯一陸上生活に完全適応したグループである。 ザリガニ、サワガニ、ヤシガニなど、陸上で活動可能な甲殻類は決して少なくない。 しかし、それらの甲殻類が酸素を取り入れる手段は、依然として鰓呼吸である。 体内に保持した水を利用して大気中でも呼吸可能だが、乾燥への耐性は極めて低い。 だが、ワラジムシ類は、腹肢に白体(偽気管)と呼ばれる呼吸器官を有する。 これは昆虫の気管と同様に拡散によって酸素を体内へと取り込む器官なのだ。 オカダンゴムシも明治時代に移入がしてきた外来(が依頼)種なので殺すと付箋 『壁の裏にいたのでプレゼントします――終赤』 ◆◆◆◆ むー、これは九鈴ちゃん宛のプレゼントと言うより、僕宛に見えるなぁ。 僕は驚いた。 まさか『作者』宛に賄賂を贈ることで勝敗を捻じ曲げようとするなんて。 紅蓮寺工藤との因縁から、終赤ちゃんには無自覚なメタ認識が多少残っているのかな? 思わず探偵大勝利SSを書いてしまいそうになる素晴らしいプレゼントだった。 甲殻類ヤッター! 終赤ちゃんありがとう! だけどごめんね。やっぱり僕はうちの子に勝ってもらいたいんだ。 さて、紅蓮寺戦でもないのに僕が出てくるのは良くないことなので消えますね。 でも消える前に、みなさんに言っておきたいことがあります。 それはトリニティのことです。 みなさんは……人類はもっと、トリニティをかかないといけないと思うのです。 SS……イラスト……ゆるふわ四コマ……そういったものを……。 僕はトリニティが大好きです。大好きな理由はカワイイだからです。 このSSにもナントカ自然な展開で登場させようと色々と悩みました。 結局うまい展開は思いつかず、このような形になったことを許してください。 トリニティカワイイヤッター! トリニティのどこがカワイイなのか説明する必要あります? ありますね? 三人の全くタイプが異なるカワイイ女の子が ◆◆◆◆≡≡≡≡≡≡ ◆◆◆◆ <グシャリ 終赤は線路を進み、隧道(トンネル)の中へと入っていったようだ。 暗い隧道の中を進む九鈴。前方の信号表示は赤だが、油断はできないだろう。 その信号の向こうの線路上に、うつ伏せに倒れている人影がある。 暗くて見えにくいが、羽織袴に探偵帽――遠藤終赤と同じ服装だ。 明らかに怪しい。九鈴は線路面と壁面を何度もトングで叩き罠を探索する。 罠が仕掛けられている気配はない。 しかし、奇妙な点がひとつ。倒れている人物の体重が軽すぎるのだ。 『スマート・ポスト・イット』による複製体であろうか。 いや、厚みは通常の人間と変わらない。 九鈴は懐から投擲用トングを取り出して投げつける。 探偵帽にトングが突き刺さり、その首がゴロリと取れた。マネキンだ。 ブティックから運んだマネキンに、終赤は自分の服を着せて線路上に転がした。 マネキンと終赤の体格差は『スマート・ポスト・イット』で剥がし調整している。 危ないところだった。 迂闊にマネキンに近づいていたら、九鈴は無形の罠に嵌っていた。 何故ならば、場外信号の据え付けられている箇所は『停車場』の端部。 つまり、人形のあった場所は『駅構外』であり近づけば即場外負けだったのだ。 夜間清掃用の、電灯付きトングで照らして暗い足元をよく観察する。 終赤が駅から離れる『下り』の足跡はモルタル床面の埃の上に判りやすく残されている。 さらによく見れば、レールの金属部に駅へ戻る『上り』の足跡が微かに見て取れる。 古典的な足跡トリックだ。 九鈴も足跡を追ってホームへと戻る。 レール上の足跡は、オカダンゴムシが封じられていた壁の付近で途絶えていた。 壁面の薄い箇所を探ってトングで突き破る。 終赤がポスト・イット壁破壊通過した向こう側には、もうひとつの地下迷宮があった。 ◆◆◆◆ 終赤が決戦の地として選んだ場所は、電気・ガス・水道の配管スペースである。 旧東京駅本体に寄り添い、血管の如く張り巡らされてインフラを供給する。 増改築を繰り返して伸びていった配管のための狭い管廊は、複雑な迷宮となっている。 駅職員や施工業者ですらも、その構造を全て理解してはいない。 この『最も深い迷宮』の全貌を知る者は、探偵のみである。 西南戦争に敗れた後も、攘夷派の探偵は地下に潜って反政府活動を続けていた。 だが、探偵の脅威を重く見た政府によって、彼らは徐々に追い詰められていく。 そして最後には皇居にほど近い手掘りの塹壕にて、集団割腹によって果てた。 その後、彼らの屍を塗り固めるようにして建設されたのが東京駅である。 探偵にとって東京駅は、忌まわしき敗北記念碑だった。 管廊に入った九鈴は、まず配管のインフラ供給状態をトングで触診した。 電灯をつけるための電力と水道は供給されているが、ガスは止まったままだ。 光ケーブル等の通信線が生きているかどうかはトングではわからない。 そして、水道管には異常がみられた。管内を大量の水が流れている。 どこかで終赤が水を使っているのだろう。九鈴は水の流れを追って行った。 ◆◆◆◆ 複雑に入り組んだ管廊を下ってゆくと、その最深部は水没していた。 ポスト・イット破断された水道管より轟々と水が噴出している。 その傍らには、遠藤終赤。 噴き出しているのは水ではない。志半ばに割腹して果てた探偵達の無念の血涙である。 既に水位は、終赤の腰まで達していた。 ブティックから調達した白いブラウスとホットパンツに着替えている。 ブラウスは水に濡れ、桜吹雪の探偵彫りと、胸に巻いた晒(さらし)が透けて見える。 胸に巻かれた晒は、その膨らみを包み隠し拒絶するように、固く巻かれていた。 探偵道は綺麗事ではないことは終赤も承知している。 必要ならば、この二つの膨らみを利用する恥知らずな行為も終赤は厭わないだろう。 だが、本格探偵の矜持として、それは最後の手段としたいのだ。 「改めて、遠藤終赤――参ります!」 「うけてたちます。聖槍院の名に賭けて!」 終赤は隙のない伏線に沿って右脚をあげ、その場で強く床面を蹴った。 震脚! 水柱が小柄な終赤の背丈よりも高く上がる! 振動で既に付箋化されていた壁面と天井が剥がれ、九鈴に降り注ぐ。 今度はミス・ディレクションではなく本筋の伏線! 人ひとりがやっと通れる狭い管廊で周囲を崩して九鈴の動きを封じ、必殺の推理光線! 九鈴は崩れるコンクリート塊を甘んじてその身で受け、推理光線は鏡面トングで防御! だが、推理光線の出力が高い! 光線の桜色が、その華やかさをさらに増してゆき……鏡面トングが融けだした! 鏡面トングがまさに融け落ちんとするその時。 九鈴が懐から新たに取り出したトングが光を放つ。掃除光線! 掃除光線に目を焼かれた終赤は、推理光線の標的を見失った。 夜間清掃用トングの高輝度LED電灯だ! LED懐中電灯は割とヤバいので直視してはいけない! 水中から九鈴が跳躍し、上空より襲い掛かる。 空中の九鈴を狙って終赤の対空推理光線! トングで側部配管を掴み、跳躍軌道を変化させて回避! 推理光線を撃ち終え真っ直ぐに伸びきった右手を漆黒のトング『カラス』が狙う! 終赤は素早く右手を引き、左手の虫眼鏡で『カラス』を弾く! 終赤は逆に間合いを詰めて九鈴にタックル! 二人はもつれて水中に倒れ込む! 水中戦を想定してない九鈴は圧搾酸素トングを持ってないので水没すれば普通に死ぬ! 桜色の光が弾ける! 密着状態での零距離(ゼロきょり)推理光線! 伏線(たいせい)が十分でないため必殺の威力はないが、連続して食らえばそのうち死ぬ! 太腿のホルダーから小型トングを手に取り、終赤のほっぺを挟んで痛烈に引っ張る! やわらかい終赤のほっぺたがむにゅーっと餅のように伸びる! しかし終赤は痛みに耐え手は離さない! 推理光線を連射する! 零距離推理光線! 零距離推理光線! 零距離推理光線! 零距離推理光線! 九鈴の口から吐かれた血が水中にイカスミの如く広がる! ゴキリ。 鈍い音がして終赤の肩が脱臼! 九鈴がトングの柄で圧迫して関節をはずしたのだ。 トング道整体術と犠牲者解体で身に付けた的確な人体理解に基づくサブミッション破壊! 九鈴は終赤を蹴り剥がし、水中から脱した。 「漸(ようや)く、伏線(みず)が張り終わりました」 終赤も立ち上がり、動かぬ左腕の肩を押さえながら宣言する。 既に水位は終赤の胸近い。 そして、その高さに配線されているのは――六千六百ボルトの高圧電線! 厚い被覆で絶縁された高圧線は水没しても直ちに漏電するわけではない、が――! 終赤は『スマート・ポスト・イット』で被覆を剥がして薄くした! 即座に絶縁破壊漏電! 水中に高圧電撃が走る! 激しい閃光! 轟く放電音! 九鈴は轟音の中に、亡き弟の声を聞いたような気がした……。 ◆◆◆◆ ほとんど動かぬ右半身を引きずりながら、這うように暗闇のホームへ登る。 漏電によってブレーカーが作動し、旧東京駅は闇に包まれた。 停電用の非常照明も蓄電池が既に放電していて点らない。 九鈴は咄嗟にトングで金属管を掴み接地(アース)することで、高圧電流を逃がした。 致命的な心臓通電こそ回避できたが、電撃で負った損傷は甚大だ。 漏電個所にいた終赤は当然即死。だが試合終了の宣言はない。 おそらく『スマート・ポスト・イット』による複製体だったのだろう。 複製体の厚みから考えて、残された『本体』の厚みは一割程度か。 相手は一割の厚み、自分は体の五割が動かない――計算上は楽勝だ。 九鈴は脳内算数ジョークで己を奮い立てた。 ひゅっ。風を切る音。天井に張り付いていた終赤本体が上から来た! 九鈴は左手の『カラス』でホーム床を掴み、腕一本の力で自分自身を投げ飛ばす。 一筋の眩しい桜色が暗闇を裂き、推理光線が九鈴の右腕の肘から先を斬り飛ばした。 どうせ動かぬ腕、ないほうが体が軽くなって良い。九鈴渾身の脳内ジョーク! 推理光線の射程は1米突。『カラス』の持ち手から先の長さは80糎(センチ)。 体格差を考慮しても尚、推理光線の間合いが広い。 九鈴の肉体損耗は著しく、まともな回避動作は望めない。 相手の得物が物理武器であれば、トング白刃取りで距離的不利を覆せよう。 だが、いかに聖槍院流トング道と言えども光線を掴むことはできない。 (テンコウセイだ……。テンコウセイならば奴を倒せる……) 『カラス』を杖にして壊れかけの身体を無理やり起こして立ち上がる九鈴。 ぼやける視界に、終赤の指先へと集中してゆく桜色の光が映る。 ほどけそうになる精神を集中して繋ぎとめる。『カラス』の嘴先が淡い緋色の光を放つ。 終赤が摺り足でじりじりと間合いを詰める。 先に技を放ったのは九鈴! 一瞬遅れて終赤も必殺技を繰り出す! 聖槍院流奥義『テンコウセイ』! 緋色の軌跡を描いて『カラス』が翔ぶ! 推理光線『一ツ勝』! 終赤の指先から桜色の光が奔る! 『カラス』が終赤の腹部を貫き、終赤の薄い体を壁に縫い付けた。 『一ツ勝』が九鈴の眉間を砕き、九鈴は意識を失い床に崩れ落ちた。 聖槍院流奥義『テンコウセイ』。天の狗(いぬ)の星と書く。 トングで大地を噛み、その反動を用いて射出する最後の手段だ。 本来、中国における『天狗(テンコウ)』は凶兆を示す流星を意味していた。 この言葉が日本に渡り、いつしか天駆ける山の怪の名となった。 終赤は『スマート・ポスト・イット』を発動。対象は腹に刺さったトング『カラス』。 壁を『タフグリップ』で噛み込み固定された『カラス』を薄く剥がし、身体を引き抜く。 腹部貫通程度の掠り傷で怯む探偵など存在するわけがない。 床に伏して動かない九鈴に歩み寄り、終赤は人差し指を立てて伏線を構えた。 (拙の勝ちです。とどめの……推理……光……せ……!?) 終赤の視界が歪み、激しい頭痛と吐き気が襲ってくる。 眩暈は激しさを増し、立っていることもままならず終赤は仰向けに倒れた。 これは一体!? 九鈴は、駅周辺の汚染区域で『カラス』の先に放射性物質を掻き集めていた。 そして、終赤の身体を貫いた瞬間、その体内で解放したのだ。 『タフグリップ』で高濃度に濃縮された放射性物質による直接内部被曝! 急性放射線障害の確定的影響が即座に現れ、意識を保つことすら困難を極める! 一瞬早く命中した『テンコウセイ』のため、『一ツ勝』の入りは浅かった。 終赤の意識が濁るのと入れ替わりに、九鈴が意識を取り戻す。 幽鬼の如くゆらりと立ち上がり、壁に刺さった『カラス』を引き抜く。 緋色の光が、揺れながら終赤に近づいてくる。 終赤は朦朧としながら、この後の展開を推理した。 もし、こまね様と拙の推理が正しいならば――拙にはもはや勝機はない。 終赤には、偽名探偵こまねから託された卑劣な策があった。 使いどころを誤らなければ確実に勝利できるであろう恥知らずな策が。 しかし、既に機会は逸してしまっている。 ここでそれを使おうとも、おそらく九鈴を倒すことはできないはずだ。 だが、もし推理に瑕疵があったとしたら。 その場合に限れば、終赤が勝利する可能性がないとは言えない。 相手の心の最も脆き処を狙う卑劣。己の推理に瑕疵あることを願う惰弱。 叔父上、拙は本当に探偵なのでしょうか。 されど、勝機が残されていながらに諦めるのもまた探偵にあらず。 終赤は叔父の形見の虫眼鏡を構え、刃物の如く尖ったその柄を自らの胸に突き刺した。 「いたいよぅ……くるしいよぅ……」 終赤の胸に仕込まれていた偽名探偵こまねの『音玉』が割れた。 シャボン玉の中に封じられていた音が解放される。 「くろうの……こえ……だ……?」 九鈴の動きが止まった。 収集した資料に基づいたこまねの演技は、まさに九鈴の弟、聖槍院九郎そのものだった。 続いて終赤は右胸の『音玉』を突き破る。 「たすけて……ねえちゃん……」 掠れるような弱々しい声。 九鈴の目から涙がぼろぼろと零れ落ちた。 その表情から険しさと鋭さが消え失せ、弟の身を案じる優しく悲しい姉の顔となった。 真っ白な闇に包まれた九鈴の精神世界が弟の声により、かすかに色を取り戻したのだ。 「ごめんね……くろう……。いたいよね……くるしいよね……」 横たわる終赤へと、力なく歩を進める九鈴。 戦闘中であることも忘れた九鈴の目には、病に苦しむ弟の姿しか映っていなかった。 いまや九鈴の精神は、最愛の弟を失ったあの夜の中に居た。 終赤は指先に推理を集中し、九鈴の接近を待ち受ける。 指先に桜色の光が集まってゆく。 だが、そのエネルギーの高まりが、逆説的に推理の正しさと終赤の敗北を示唆していた。 「いま……たすけるね……」 うわごとのように呟きながら、推理光線の射程内に九鈴が入った。 推理光線『一ツ―― ずぐり。 終赤の喉に、緋色の光を纏った漆黒のトング『カラス』が突き立てられた。 こまねと終赤の推理通り、九鈴の精神世界を破壊した殺人犯は、九鈴本人であった。 病に苦しむ最愛の弟を苦しみから救うため、九鈴はその手で九郎の命を奪った。 核によって漂白され、脆く危うくなった九鈴の心は、そこで完全に壊れてしまった。 あの夜、九郎にしたのと同じように、遠藤終赤の喉にトングを突き刺した九鈴。 終赤の喉から噴き出した血が、九鈴の白い道着を染める。 道着に咲いた鮮血の花弁は水で滲んでその色を淡くし、柔らかい桜色となった。 そして、あの夜をなぞるように――。 ふたたび九鈴の精神世界から色が喪われ、九鈴は意識を失った。 九鈴は、核を落としていない。 九鈴は、父と母を殺していない。 九鈴は、新黒死病を撒き散らしていない。 だが、九鈴は、弟の九郎を自らの手で殺めた。 それが、聖槍院九鈴の壊れた世界に残された、たった一つの真実であった。 (了) このページのトップに戻る|トップページに戻る
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第一回戦【海水浴場】SSその1 「し、死んでいる……」 遠藤は海岸の岩壁にもたれかかる『自分』の薄い死体を発見した。死んでいる事は言わずとも見れば判る話だが、それを言うのが死体を発見したときの礼儀である。 「ふむ……」 虫眼鏡で観察する。これも探偵としての儀式にすぎない。 死体は自分の頭を推理光線で撃ちぬいていた。自害だ。 「頑張ったね」自分にねぎらいの言葉をかける。死んだのは、偵察のため厚さ5cmという薄い身体で送り出したコピー体だった。 蛭神鎖剃の陰茎武器のショックで自害したわけではない。半死半生で場外へ放り出されることを恐れての死。これは、あらかじめ遠藤自身が取り決めたこと。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ここで、チーム戦における場外判定について説明させていただきたい。 チーム仲間一人の場外判定はチーム全体の失格となる。これは、身体の一部でも場外へ出れば失格となるのと同じだ。 場外判定は、試合の長期化、外部への影響を防ぐためにある。また、場外へ出て失格となった選手が、残った仲間のために何かするかもしれない。このような不確定要素を排除するために、厳しいルールが設定されている。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 遠藤は自分の死体と一体化した。コピー体に分け与えていた5cm分の厚さを取り戻す。死体の受けたダメージも継承されるが、5cm分の死の『ダメージ』は、それほど大きなものではない。 懐から小瓶を取り出すと、中の粉を摂取した。気力を保つための特性粉末だ。「さて」 見ると、足跡が二人分。一つは遠藤のもの。もう一つは遠藤の死体を周った末、別の敵を見つけたのか。海側へ向かっている。 「……これは」 死体がもたれかかっていた岩壁。その一部が四角く『ポスト・イット化』されている。剥がすと、中に付箋が3つ貼り付けられていた。走り書きの文字。 「辞世の句……ですね」またの名をダイイング・メッセージ。 内容は、遠藤が試合に備えて考えていた計画に関係するもの。敵に判るはずもなく、暗号化する必要もない。しかし、「一枚、剥がされた形跡がありますね……」 『猫』 『船』 『袋』 ◆ 試合会場は海水浴場というよりも、非常に小さな無人島だった。足場の悪い突き出た黒い岩山を、円状に砂浜が囲んでいる。戦闘領域は1km四方。つまり、島の中心から約0.5kmが戦闘範囲となる。 岩陰から敵の姿を見つけた遠藤は、判断に困ってしまった。 砂浜を率先して歩くは、『蛭神鎖剃』。人間大の陰茎を武器にする武人のはずだが、その武人の股間が今や、紙のように薄くなっている。代わりに手にするのは、これも陰茎だ。 おそらく、死体として発見された偵察用の遠藤、彼女にやられたのだろう。陰茎をポスト・イット化され、重みでそれが自然と剥がれてしまった。しかし、風林火山。彼は剥がれ落ちた陰茎をまさに棍棒のように武器としたのだ。百戦錬磨の武人の発想である。なお、筆者は今後、この棍棒を『男棍棒』と呼ぶことにする。 おかしいのは、同じく対戦相手の夜魔口『赤帽』と『砂男』が蛭神の後ろについて歩いている点だ。探偵の遠藤は、あらかじめ敵の能力をある程度把握している。赤帽の能力は血を生み出し、摂取した者の五感と肉体を強化した上で、肉体の支配権を奪う。 (……しかし、蛭神様は何を思って赤帽様の血を摂取したというのでしょうか) 遠藤がしばし逡巡していると、敵が遠藤の存在を察知した。 「赤帽サン、アレ……」 「わーっとるわい!……行け!」赤帽が遠藤のいる場所を指指す。 「ウオオオオオーッ!ワオオーッ!」赤帽の命令で、蛭神が男棍棒を振り回し突撃する。 遠藤が身を隠していた岩を、蛭神の男棍棒が破壊。 「……っ!」3cmほどの薄い遠藤の身体が、砂浜に晒される。身軽に岩壁を蹴り、島の中心部へ逃げ込もうとする。 「ウオオオオオーッ!ワオオーッ!」 「逃がすなよォ」赤帽が蛭神と共に遠藤を追う。 「まあまあ、待ってくださ、いよッ!」砂男は冷静に、砂の詰まったブラック・ジャックを投げる。外れるが、岩にぶつかった衝撃で袋から砂煙がぶわり、と広がる。あえて砂が漏れやすいようにできているのが、彼の武器だ。 遠藤は煙を吸い、岩壁からドサリ、と落ちた。「……」 「眠りましたかね。あの量なら半睡かな」砂男が言う。 砂男の生み出す『砂のように眠れ』。普通の人間なら一掴み程度、屈強な魔人でもバケツ一杯程度を浴びれば強烈な睡魔に襲われる。 「馬鹿たれ。半睡なら、ウカツに近づくな」赤帽がチャカを向け、用心深く遠藤の頭部をドンッ、と撃ちぬいた。遠藤の死体に屈み込み、次にドスを取り出す。 「赤帽サン、何しようってんです?」 「バラす」赤い配管工を思わせる小さな身体で、赤帽は冷酷に呟いた。 「ありゃあ、また物騒な」 「……こりゃあヤクザの勘だ。コイツ、さっき取り逃がした小娘とは『厚さ』が違ェ。小娘が『分裂』できる事はもうわかりきっているンだろうが。なら、死体は奴に渡しちゃあいけねェ」赤帽はすでに遠藤の衣服を剥ぎ、ドスを突き刺していた。 「うお……」砂男は下を向く。薄い小瓶が見えた。「あ、ああ。 こりゃなんですかね……」気を紛らわすように、遠藤の懐からでてきたそれを手にする。「うお……」開けると、白い粉。明らかにヤバい感じがする。 「お前ェ、この海には『ワシントン・ジョーズ』がいると言っていたな。ワシの『血』を混ぜて、死体をサメ共に喰わせれば、サメもワシの『支配下』におけるだろう」と赤帽。 『ワシントン・ジョーズ』とは、日本海の一部に生息する外来の巨大鮫のことである。鯨に匹敵する巨大さで、血の匂いに敏感で凶暴な肉食魚だ。 「おっそろしいこと考えますねぇ、まるでヤクザですよ」 「これで海はワシの『シマ』になる。 島の中心部は蛭神に見張らせりゃあ良い」 「はぁ……、それで俺は、どうなるんで?」 ◆ 1時間後。 「バカンスに最適だなぁ、ここは」夜魔口砂男は砂浜を歩いていた。 両手から噴水のように砂を吹き出しながら。 砂浜を周回し、能力で生み出した誘眠砂を撒く。海には巨大鮫に乗った小人ヤクザ。島の中心は操られた蛭神が徘徊する。 シマを張り、ジワジワと獲物をあぶり出す。ヤクザらしい戦法だ。 海には遠くに船が見える。大会運営の船だろう。戦闘領域ぎりぎり外からこちらを観ているのだ。 「水着のギャルでもいれば良いんだけど」相手は14歳の少女だ。斡旋はしたことがあっても、戦ったことなど無い。情けをかける余裕はない。赤帽のように、冷酷にならなければ。 「……と」 砂浜に足跡。 「ありました。足跡です」携帯で赤帽に連絡をとる。 『おう、どっちへ向かっとる?』 「まっすぐ進んで、海の家まで」 『じゃあ、追え』 「来てくれないんですかい」 『あほう、そこら山盛りに砂を巻いたんじゃあろうが。砂辺へ上がったらワシも眠っちまうわい。海まで追いやれば、ワシが殺ったる』 「デスネー」 通話を切り、前方を見る。 足を踏み出し、止まる。 「……あやしーな」敵は探偵。(紙のように薄く軽い身体……だったら、足跡が残るはずがないんだ) 「たとえば」海側、塔のように孤立した断崖。壁の段差に大量のウミネコが巣を作っている。「あの上、とか」ふら、と断崖に向き直る。 「よっ……と!」砂の詰まったブラックジャックをぶん、と投函。放物線を描き、崖上の木立に吸い込まれていく。 砂煙が広がった。手ごたえあり。 「ちょいとごめんよ」鳴きわめくウミネコに謝り、崖の段差を使い、登りあがる。 ◆ 岩に覆われた地形。砂煙で前が見えない。 棒状のブラックジャックを構える。遠藤の姿はない。 (……隠れているのか)ゆっくりと後ずさる。 「ん……?」少量だが赤帽の『血』を摂取していた砂男は、五感が強化されている。地面の違和感に気がついた。「うおォッ!?」前方に転がり、それを避ける。桜色の閃光。 「……お初にお目にかかります」指を差し出したまま、遠藤が岩の地面から姿を現した。岩をポストイット化して、その内に薄い身体を隠していたらしい。 「――オラァッ!」砂男はブラックジャックを構えるふりをして、腰刺ししていたチャカを撃つ。 「やッ!」遠藤は、ポスト・イット化された岩地を畳返しの要領で壁にすると、そのまま蹴り剥がす。 岩壁を盾に銃弾を防ぎ、砂男に迫る。 砂男は手を振り、砂煙を宙に撒いた。それは岩壁に防がれ、目潰しにもならない。(参った……誘眠作用が効かないとはね)彼の感覚は赤帽の血によって、研ぎ澄まされている。(が、そもそも、この砂の狙いはそれじゃない) 「――ダッ!!」岩壁を貫いて発射される遠藤の『推理光線』。それは砂男の目の前で楕円状に『散乱』され、砂男の胸を焦がすだけに終わった。 「……砂にも色々あるからな」砂男が撒いたのは砂金だ。レーザーは空気中の粒子に散乱され、威力が減少する。光線を防いだ砂男は岩壁を受け止め、遠藤の胸を銃で狙い撃つ。「オ、ラッ!」 「----ンアァァッ!」遠藤の軽い身体が吹き飛ばされ、樹にぶち当たる。「ゴフッ……ゲホッゲホッ!」 (撃たれて死なない。――防弾チョッキか)何てハイカラな探偵だ。しかし、その防弾チョッキも肉体同様に薄い。このまま放置するだけで死ぬほどの致命傷。 「う……」最期の推理を振り絞り、推理光線を放出。出力を持続して、刀のように用い、自らの腹をひゅん、と横一文字に切った。「ふ。……」吐血。「これではまるで、武士ですね」武士と探偵はまるで違うのに、と笑い、死んだ。 (自殺……か?)砂男の反応が、一瞬だけ遅れた。これが命取りとなる。(……!!)彼女もろとも横一文字に切られたその背後の樹、砂男に倒れこむ。 ズン、と沈む音。 (探偵……薬物の効かない流派がいると聞いていたが) 砂男は考える。 (だとしたら、砂浜で殺した遠藤は、演技か。睡眠薬が効くと思わせるために、わざと、眠ったふりを……殺されるとわかって) 空に。ニャー、ニャー、とウミネコが鳴き、飛び去る姿が見える。(大丈夫だ。脚をやられたが、まだ……)誰かがやってきた。 『厚み』をもったもう一人の遠藤が、どこからか近づいて来ていた。鮫の餌にされた遠藤のコピーはもう、とっくに時間切れで鮫の胃の中から消失している。彼女は用心深く、新しくバックアップを作れる時間を待ってから、砂男に挑んでいた。 遠藤は砂男の落とした小瓶を拾う。 「おや、これは」白い粉を指につけ舐めた。「ペロ、これは……青酸カリ!」倒れたままの砂男に向き直る。 「拾ってくださってありがとうございます。これは、拙のおやつです」 ◆ 『探偵の稽古法と生態(1)実践編』 探偵見習いは早くて4,5歳から、睡眠学習で初等推理を習得する。まず教師に当たるものが、生徒に睡眠薬、麻酔のたぐいを与え、座した状態で眠らせる。ここで、聴衆、被疑者を集め、教師が生徒の声を真似て、推理を披露する。この時忘れてはならないのは、この場で披露された推理を全て、生徒の手柄として扱うべき点である。 睡眠学習を数多く重ねると、やがて薬に抵抗ができ、学習が困難になる。これを修学完了の合図と取る。探偵見習いは次に、毒薬の識別などの肉体鑑識捜査の初歩を学ぶことになる。 ◆ 「ウボフーッ!」蛭神の身体が崖から砂浜へ落とされる。赤かった彼の陰茎は今や黒く、相変わらず薄いまま。手にしていた男棍棒は消えていた。分裂させられた男根のうち、剥がれ落ちた方が『コピー』だったからだ。コピー体は1時間で消滅してしまう。 遠藤は失神した蛭神の上に着地する。手には砂男から奪った『砂袋』。武器を失った蛭神はこれに勝てず。全裸の陰茎男の初戦は、ここで終わった。 「できれば、互いにまともな状態で戦いたかったものです」と遠藤。ある程度厚みのある身体だが、これまでの戦いにより、いくらか厚みを失い、肉体も疲弊していた。「……」目を細める。 遠くの砂浜に赤帽の姿が見えた。 おろされた両手からこぼれるおびただしい量の『血液』。こちらに向かって、砂浜に細いレールのような二本の血すじを描き迫る。 砂浜には砂男の『砂』が敷かれている。身長15cmという、異常なまでに低い背の彼には、歩行するたびに砂煙が体内に侵入するはずだ。 遠藤は不思議に思った。(何とも、ないのでしょうか……?)もしや、(手から生成した血で砂地を『固めて』、砂埃を弱めていると……?) 「やってくれたな……ぁ、嬢ちゃん……」赤帽が静かに言う。遠藤に聴こえているかどうかも、関係ないといった様子で。「ツレから奪った……ブツを……返してもらおうか」彼は砂男の死体を見たのだ。 「これですか」遠藤がその袋を投げ振るった。砂男から奪った拳銃を構えると、空中の砂袋を撃つ。袋にかすり、ぶわ、と砂が拡散した。(地面の砂も完全には防ぎ切れてはいないはず。それに頭上からこれだけの砂を加えれば……)――どんな魔人も睡魔に襲われ、動きが鈍るだろう。 「……近頃の」血がこぼれる。砂を被る。赤帽は、しかし。「……近頃の探偵は、チャカも、使えるんかぁ。……エエッ!?」 鮮血。激しい音が聞こえて来るほどの血をこぼしながら、赤帽はその歩みを一切止めることが無い。 (……効いていない!?まさか、何も効いていない!?)この戦いで、初めて遠藤の表情が変わった。 「……」赤帽は拳銃を取り出し、顔を遠藤に向けたまま、赤帽から見てやや後ろ。銃口を海から離れた岸岩に向け何発も撃ち込む。 「何を」撃つ!「驚いて」撃つ!「やがる」撃つ!撃つ!撃つ!破壊された岩壁の中から、どさり、と血にまみれた遠藤の薄い身体が倒れこむ! あらかじめ潜ませておいたもう一人の遠藤が、これで死んだ。 「……ぁ」 「『砂』が効くと『みせかけて』……くだらねェ『伏線』張ったんは、アンタも同じだろうが……嬢ちゃん」 「なぜ……」――気づかれた?……完全に赤帽の死角から、しかも離れた場所へひっそりと隠れこんだのに。如何にして感知したというのか。(血を摂取したことによる、五感強化……?)だとしたら完全に遠藤の誤算だ。まさか、これほどとは。 しかも、殺された遠藤はコピー体ではなく本体。コピーは『自分』だ。つまり、あと一時間足らずで彼女は消滅する。それを防ぐには、死んでしまった『本体』と一体化しなくてはならない。 「……くっ」ダン!、と遠藤が銃を撃つ。狙うは赤帽の頭部。 「――フンッ」赤帽はその銃弾の一つを避け、もう一つをピッ、と『指』でつまんでみせた。 「…………!」 「……」赤帽は無言で遠藤を狙い撃つ。ダン、ダン、ダン、と銃弾が三つ。 「アバッ!アババッ!」蛭神の叫び声。 何たる推理反射神経か、遠藤はいち早く足もとの蛭神の身体をつかむと、その背中を盾に銃弾を防いだのだ。 「おい嬢ちゃん……そりゃあ戦闘終了後の――」 「――『戦闘行為』。しかし、蛭神様の耐久力は高い。この方はまだ戦えます。戦闘は終了してませんよ」精一杯余裕を見せて、彼女は言った。「その証拠に、まだ運営からの『終了合図』はありません」 この大会で、気を失った選手を瞬時に瞬間移動させる方法などない。乗り物を使うか、やってきた魔人にポータルを開いてもらう必要がある。三つ巴の状況で、『死んでいない』選手は死ぬまで『逆転』の可能性を有している。『戦闘終了後の戦闘行為』を禁じるルールを敷いておきながら、三つ巴を強制する――大会は暗にこう言っているのだ。『死ぬまで殺しあえ』と。 「……喋りすぎたな」赤帽が血だまりを蹴り、跳ぶ。赤い配管工のように。 ◆ 「――アアッ!」ガードした遠藤の手のひらに、赤帽の投函したドスが突き刺さる。「……つぅ」ドスを引き抜くと、ポスト・イット化したドスの柄を貼り付けて傷を塞いだ。ポスト・イット化した物体はその裏側に『粘着性』を持つ。 間髪入れず、脇腹を赤帽の投げた岩石が掠める。「ぐっ!」衝撃で回転し、吹き飛ばされた。探偵帽が砂浜に落ちる。「う……ッ」帽子で隠れていた結髪が露わになった。 「オラァッ!」赤帽がスペアのドスを構え突き刺しにかかる。 「ハッ!」遠藤は転がり、推理光線で牽制。射程は1m。小さい赤帽のリーチよりはるかに長い。だが、敵の素早さは尋常ではない。まるで、スターをとった赤い配管工のように、跳ね、ドスを前へ。遠藤は下がらずを得ない。二者は殺し合いながら移動する。 「オラァッ!」刺突。「ハッ!」後転。「ヤァッ!」一ツ勝。「オラッ!」跳躍。「オラァッ!」刺突。「ハッ!」側転。「ヤァッ!」一ツ勝。「オラッ!」身体を伏せる。推理光線が赤帽の帽子を掠めた。 (野郎……やはり自分の『死体』のある方向へ……逃げようとしとる)赤帽は冷静に判断する。(焦っとるんか……やはり、手前ェの能力には時間制限があるとみた)彼の推理力には探偵の素質があるといわざるを得ない。事実、探偵とヤクザはその起源を同じくしている。 「オラァッ!」横切り。「ハッ!」跳躍。「オラッ!」跳躍。「オラァッ!」刺突。「ハッ!」身体をひねる。「オラッ!」刺突。「ヤッ!」手を付き着地。「オラッ!」下突き。「八ッ!」バク転で回避、「ヤァーッ!」地面を蹴り剥がす。「オラァッ!」空中で刺突。「……!?」 ブワ、と赤帽の視界に広がる、赤。 「砂ではできない。でも……固まった血なら、できる」遠藤の腕は『赤い膜』から突き出たドスに刺されている。「砂と混ざり固まった血だまりなら、『ポストイット化』できる」ドスから腕を引き抜く。 「こりゃあ」地面に降りた赤帽にからみつくのは、畳返しの要領で地面から剥ぎ取られた己の血。「ワシの」それが固まり赤い膜になったもの。「血か……」全身に絡み付き、『貼りつく』血。 「『スマート・ポスト・イット』――地面に落ちた貴方の血を、ポストイット化しました」 「……!?」ドクン!と、赤帽の全身が脈動し、ドスを取り落す。「く……」手首につけられた傷口が破裂したように広がる。そう、傷口だ! 赤帽の手からこぼれる血は生成された血ではない!彼は敢えて己の手首をケジメし、大量出血していたのだ!体内に常に新鮮な血を作り出し、古い血を捨てるため!――催眠薬への最も有効な治療法。強制的な『血液透析』で血液中の誘眠要素を排除するために! 「傷口をふさぐには、本人の血を『貼りつける』のが一番かと思いまして」一時的でも傷口をふさがれれば、生成された余分な血液は、体内で行き場をなくし、暴れる。 「……くく」赤い膜を引き剥がし、赤帽が笑う。「ハハッ!確かに今のは効いたッ!よう見破った!」跳びあがり、遠藤の腹を蹴り飛ばす。 「――――――――――――――――ッ!?」 海の家まで蹴り飛ばされる遠藤。ドン!という衝突音と共に煙が広がる。 「ケジメの文化はッ!探偵だけのもんじゃあ無いということだッ!」赤帽が叫ぶ。再び手首から血を吹き出しながら。「くく、できればなァ、やりとう無かった。これはなッ!……ヤク打つんと同じだ!全身の血を入れ替え、強化され!やがて歯止めがきかんようになるッ!」 「ゲホッ!ゲホッ!」瓦礫の中から顔をだし、吐血する遠藤。 「オラァァッ!」赤帽が拾い上げたドスを投函。 「――っ!」遠藤は瓦礫でそれを防ぐが、瓦礫は破壊され、衝撃でさらに後ろに転がる。「――ンアアッ!」 「さあ次はどうする!探偵ッ!」赤帽が近づく。 「ゲホッ!ハァ……ありません」身体を起こす。「もう、ありません」 「……」 「拙に出来ることは、もう、すべてやりました。時間稼ぎも、もう……」 赤帽の前方に、衝撃で舞い散る遠藤の『付箋』が見えた。羽織の裾に貼り付けられていた、ピンク色の付箋。赤帽の動体視力は、その文字をとらえた。 「『猫』………『船』………『袋』……」 『――砂男選手の場外を確認しました』 『――夜魔口両選手はこの時点で失格となり、以降の戦闘行為には大会の治外法権が適用されません。係員が迎えに参りますので、今しばらくお待ち下さい』 大会からのアナウンスが聴こえる。 「……赤帽様は、ポリ袋の絡まったウミネコを、ご覧になったことはありますか」遠藤が問う。 ◆ 「くっ」蛭神鎖剃はまだ生きていた。「はぁ……はぁ……」 朦朧とした意識の中、波打ち際を這うように進む。ここならぎりぎり、砂男の砂も洗い流されている。鮫も、いつの間にか消えていた。夕日が血のように赤い。 「俺は……どうしたんだ」陰茎はリュウグウノツカイのように平たい。これはたしか、遠藤の能力でやられたのだ。遠藤を追うと、彼女は勝手に自殺した。驚いていると、夜魔口を見つけたので、追いかけた。 そうだ、夜魔口赤帽だ。奴の血を俺の陰茎が浴びた。……『HIVの感染』のごとく、陰茎の粘膜を介してそれを体内に入れてしまった。――そしてそれは、口から入れるよりも強烈に作用した。現在、世界のHIV患者数は3,400万人を超えると言われている。ゴムをつけることは、モラルとして必要なことなのだ。よし、次からゴムをつけよう。 「お疲れ様です」ボロボロの羽織袴を着た少女に声をかけられる。遠藤終赤だ。 「アンタ……」遠藤を見上げる。「今、どうなってるんだ。試合は終わったのか」 試合の敵にそれを訊かれる事が面白かったのか。少女はくす、と笑った。 「夜魔口のお二人は敗退しました。残るは貴方です」 ◆◆ 20分前。 「――ポリ袋を足に絡ませたまま、ウミネコは港で餌を探していました。ポリ袋を取らずに」 「フン」赤帽は遠藤に背を向けて歩き出す。 「『花は折りたし梢は高し』。自然の生き物は、手の届かない所は諦めるように出来ているんだ。と、叔父上はそう語っておりました」 「薄型にした砂男を生きたままウミネコに貼りつけて離したのか」 「はい。赤帽様の見た遺体は、コピー体です」 「ちっ」 「ウミネコは港まで船を追い、餌を探しに行く習性があります。戦闘領域はここから500mまで。思ったより時間がかかりました」 「船……運営の所持する船か」戦闘領域ぎりぎり外の地点に、確かに船はあった。 『猫』『船』『袋』付箋に書かれていた言葉。敵にペアがいるなら場外勝ちが狙えるのでは。と考えた遠藤の計画の内、実行に移せそうなキーワードを偵察の結果、判断。メモとして生き残りの遠藤に託したのだ。 「……それはポリ袋を取るのを諦めとるんじゃ無え、他に必要なモンがあるからそっちに行っとるだけだ」赤帽は遠藤の帽子を拾うと、投げ渡す。 「ありがとうございます」遠藤は会釈した。「叔父上もその後そう訂正しておりました。花を折りたければ推理光線で撃ち落せ。と」 「ンな事は言っとらん」 ◆◆ 「夜魔口が負けたか」蛭神は絶望した。敵同士の相討ちで勝つ見込みは、これで潰えた。この状態では、もはや棄権するほか無い。 「蛭神様、拙と試合を」 「ふざ……けるな」諦めた蛭神の意識が消えかかる。 「お願いします」 蛭神は棄権の言葉を振り絞ろうとした。「……っ」 「立って下さい。立って、……拙と戦って下さい」 何を言っているのか。 この少女は、戦いを諦めた男に、戦うことを望んでいる。 「馬鹿な」蛭神はかすれ声で答える。 「戦った……所で、 もう、お前に何の益が」 少女の言葉の意味を理解できない。 「これ……以上……は」 蛭人はリタイアの言葉をつぶやこうとした。 「……立 ち な さ いッ!!」 張り詰めた声が海岸に響く。 ウミネコが叫ぶように空へと消えていった。 少女は着ていた着物をバサリ、と脱ぎ捨てる。内に着ていた防弾チョッキも、身体から外した。 「貴方も武人なら、立って、戦うのです」 赤い夕陽に照らされる白のスクール水着。その白い肌には生傷が無数につき、その傷は水着にも続いている。空気抵抗の少ない流線型のラインはそのスマートな推理力を物語っていた。そもそも何故白のスク水なのか。それはどんな名探偵にも解けない謎である。 「な……!?」蛭神は言葉を呑み込む。 いつの間にか睡魔は消えていた。 健全なる読者諸君に品を疑われる表現かもしれないが、許してほしい。 その少女のその姿が浜辺に披露された、その結果。紙のようにペラペラとしていた彼の『刀』に、なんと燃えるような『生気』が蘇ったのである! 「力が」己の武器を見る。「……そうだ、俺は、腐っても、武人」 よろり、と立ち上がり、スクール水着の少女を見た。「娘……。アンタ、敵に塩を送るなど……」型を構える。 「――拙の残した辞世の句(ダイイング・メッセージ)には、他にもう一枚、別の言葉が残っておりました。……それを剥がしたのは、貴方ですね?」 「それは……」蛭神は記憶を辿る。「そうだ。あれだけ『意味がわかった』から、とっさに外した。……『蛭神鎖剃とは一対一で仕合をしたい』。……そう、書いてあった」 「ふふ」遠藤が笑う。「やはり、終赤は終赤と気が合います」推理の型を構えた。 「よく、わからんが……まあ、いい」 男の刀は紙のように薄く、弱く。 敗北の色を濃厚に告げていたが、それでも誇らしく、渚の天を仰いでいた。 ◆ このページのトップに戻る|トップページに戻る